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 「火の娘たち」 ネルヴァル (フランス)  <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
ジェラール・ド・ネルヴァル(1808年〜1855年) パリ生まれ。フランス後期ロマン派の詩人、小説家、劇作家。
アレクサンドル・デュマへ/アンジェリック/シルヴィ ヴァロワの思い出/ヴァロワの民謡と伝説/ジェミー/オクタヴィ/イシス/コリッラ/エミリー/幻想詩篇
にえ 19世紀のフランスの作家、ネルヴィルの短編集です。再編集の作品集じゃなくて、ちゃんとこの形で出版された本の翻訳だから、 題名もキッチリ短編のうちのひとつからじゃなくて、この本としての題名がついてるの。
すみ 最初の「アレクサンドル・デュマへ」は、大部分がデュマへの書簡で構成されていて、最後の幻想詩篇は原文つきの12の詩、 それから4つめの「ヴァロワの民謡と伝説」以外は、女性の名前がタイトルになってて、まさに「火の娘たち」。
にえ 数奇な運命をたどったヒロインたちの物語、なんて言っちゃうと、なんだかどぎつい壮絶な物語みたいだけど、 わりと牧歌的というか、ノンビリとした時代背景のしんみり悲しかったり、ちょっと意外だったりするお話よね。
すみ この本を読んだかぎりでは、ネルヴァルって民衆の中に伝えられる、文字にすらされていない歌や物語にとても愛情を感じていて、造詣も深いみたいね。 端々に挿入されてた。
にえ 「寄生木を切るドルイド僧たち」って記述があったよね。あっ「金枝篇」だって嬉しくなっちゃった。
すみ ルソーの話も何度か出てきたよね。私たちの感覚からいくと、ルソーって昔のお堅い思想家ぐらいのものなんだけど、 地元の人たちはルソーにとっても愛着を感じていて、もとからあった伝承の、悲恋の物語の登場人物に組み込んだりして、まさに自分たちのルソーにしちゃってるの。
にえ 秋の読書にまさにピッタリ、かな。ガツガツ、あくせくと読む本じゃなく、ゆったりと味わって読む本だった。19世紀前半という昔に思いをはせて、 寄り道の多い話に身を任せて読むって感じ。
すみ 1編ずつがそれぞれ違う仕立ての、違う味わいの話になってて楽しめたよね。あと、フランス文学に疎い私は、フランス文学にもこういう牧歌的なのがあるのか〜なんて、 妙な感心のしかたをしてしまった(笑)
<アンジェリック>
フランクフルトの大道商人が並ぶ通りを歩きまわっていたネルヴァルは、フランス語で書かれたド・ビュコワ神父の本を見つけた。 そのときは持ち合わせがなくて買い損ねたが、出版規制の厳しいフランスで、14世紀に書かれたその本を自分の手で出版したいと考えはじめたネルヴァルは、 フランスに戻ってから手に入れようと探しはじめた。
にえ これはド・ビュコワ神父という人の本をひたすら探すネルヴァルと、本を探している間に知った、 ド・ビュコワ神父の先祖にあたる、アンジェリック・ド・ロングヴァルという悲劇の女性の生涯の物語。
すみ つまり、ぜんぶ実話ってことだよね。ド・ビュコワ神父とアンジェリックについての記述は、ネルヴィルが手を加えてかなり要約しているらしいけど。
にえ ネルヴァルは目的の稀覯本を探して、名だたる図書館、知り合いの古本屋、オークション等々を巡り歩くんだけど、 当時の本探しが実感できて楽しかったな。図書館のシステムなんかは特に今と違ってて興味深かった。
すみ アンジェリックの人生はまさに、いにしえの悲劇の女性にふさわしいような、美しく、地位が高く、父親が横暴で、 認められない愛の末にっていうお話なの。
にえ 当時のフランスの出版規制を含めた混沌とした世情もかいま見えるお話だったよね。
<シルヴィ ヴァロワの思い出>
ようやく景気が回復し、親からの遺産だった株の値が上がりはじめ、私は経済的に余裕ができた。思い出すのは田舎の村ヴァロワにいた頃に親しくしていた隣村の少女シルヴィのことだった。 だれもがパリっ子と私をからかうなか、シルヴィだけはやさしく接してくれた。シルヴィは美しい少女だった。祭りの夜に修道女アドリエンヌを見るまでは、シルヴィが最も美しいと思っていた。
すみ これは、黒い瞳の快活な少女シルヴィへの愛情と、一生を修道院で過ごすことが決まっている金髪の美少女アドリエンヌへの慕情に揺れる青年の物語。
にえ シルヴィとの健康的な恋愛と、恋いこがれても結ばれる可能性のまったくないアドリエンヌへの淡く薄く、でも断ちがたい想い。古典の定番って感じの話だけど、 なんともいえない清潔な、でもほのかに悲しい美しさがあったよね。
<ヴァロワの民謡と伝説>
懐かしいヴァロワの田舎に伝えられる、名もない人によって作られ、文字にもならぬまま歌い継がれた詩の数々と、「魚の女王」の物語。
すみ ヴァロワの村民たちに伝わる歌は、機知に富んでいたり、思わぬ美しさがあったり、残酷さのなかに悲哀があったり。 それをネルヴァルが愛情たっぷりに紹介しているの。
にえ 「魚の女王」は不思議なお話だったよね。むかしむかし村にいた、ある少年と少女の小さな物語、と思いきや、 なんとも壮大な神話へと発展していくの。
すみ そういう、こう始まったらこう終わらなきゃいけないみたいな制約のなさが、ネルヴァルの最も愛するところなのかもね。
<ジェミー>
開拓の地アメリカで、若く美しいジェミーは、少しばかり裕福でハンサムなドイツ人青年と結婚した。ところが、結婚して間もなくジェミーは、夫と二人で馬を駆けさせている最中に、 野蛮なインディアンに襲われ、連れ去られてしまった。
にえ なんだかこの作品だけは、らしくなくて、浮いてるなあと思ったら、それもそのはず、じつはオーストリアの作家が書いた小説で、ネルヴァルの手による翻案なんだって。
すみ まあ、今読むとひどい差別意識だよね。インディアンはとんでもない野蛮人で、白人たちに憧れているっていうのが大前提になってるお話なんだから。
にえ バカ白人どもめが!(笑) まあ、軽く読めば、それなりに起承転結のきいたおもしろい話ではあるんだけどね。でもまあ、浮いてるよね(笑)
<オクタヴィ>
イタリアを訪れた私は、船上で出会ったうら若きイギリス娘に惹かれた。
すみ これは短くて、ちょっとわかりづらいお話。イギリス娘と、ヘブライ語のようなものを話す不思議な娘と、それからもう一人、登場はしないけど、 語り手が恋いこがれる女性がいるのかな。
にえ 私に訊いてもわからない(笑)
<イシス>
ローマでは、女神イシスが長く崇拝されてきた。イシスは場所を変え、物語を変え、名前を変えて存在するが、それらはみな同一の、 美の女神イシスなのである。
すみ これはストーリーのある小説じゃなくて、イシスについての考察って感じなの。神話論考。
<コリッラ>
魅惑のオペラ歌手コリッラに憧れる青年ファビオは、コリッラの身の回りの世話をしているという怪しげな男マゼットに金を渡し、 手紙やプレゼントを送り届けてもらった。そしていよいよ、コリッラが会ってくれるということになった。
にえ これは戯曲。いかにもフランス的、というイメージかな。小気味よい皮肉が効いてて。
すみ 青年ファビオがいよいよ今宵、憧れのコリッラに会えると喜んでいると、まったく同じようにコリッラと会えると喜んでいる友人に出会うのよね。 そこから、二人の青年とマゼットとコリッラが軽妙な会話で、どんでん返しにつぐどんでん返しのお話に持っていくの。
<エミリー>
ベルジェム戦線で、美しい顔に醜い傷を負ってしまった青年士官デローシュは、顔に包帯を巻き付けている時期に知り合った、エミリーという娘に心惹かれた。 やがて包帯をとってみると、デローシュの顔はさほど気にならないところまで回復していた。デローシュとエミリーは結婚した。二人は幸せな新婚生活が始めようとしたのだが・・・。
にえ これは戦争の苦い傷跡が、愛し合う若い男女を引き裂いてしまう悲恋の物語。
すみ 巻末の解説によると、これはネルヴァルの筆が進まなかったところを、デュマのゴーストライターだったオーギュスト・マケという人が代作したものかもしれないんだって。 昔はこういうことがよくあったみたい。驚いちゃうねえ。