すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「夕映えの道 よき隣人の日記」  ドリス・レッシング (イギリス)  <集英社 単行本> 【Amazon】
高級女性誌の副編集長であるジャンナは、ファッショナブルで有能な、だれからも憧れられるような存在。今は数年前に夫と母を癌で亡くして一人暮らし、 仕事に打ち込む日々だった。ジュリアはひとりぼっちになり、もう若くはない自分を意識して、今までのことを振り返った。ずっと年上の夫には頼りきりで、 夫が癌の末期になってさえ、かばってもらうばかりだった。祖母が亡くなるときも、母が亡くなるときも、姉とは違って逃げまわってばかりいた。死に接するのが怖かった。 しかし、避けてばかりいてはいけない。老人の手助けをするボランティアをやってみようかとも思ったが、実際の老人を見ると、やる気が失せて逃げ出した。 ところがひょんなことから、近所の薬局でモーディーという90歳を過ぎた気むずかしい老女と知り合って・・・。
にえ 私たちにとっては初ドリス・レッシング本です。レッシングはイギリスで、人気作家ではないけれど、押しも押されぬ大作家ってタイプで、 ノーベル文学賞の候補にもなったのだそうな。
すみ 経歴がすごいよね。イギリス人銀行家の娘としてペルシャ(現イラン)に生まれ、南ローデシア(現ジンバブエ)に育ち、二度結婚して二度離婚、 現在はイギリス在住。
にえ で、この小説なんだけど、ものすごく考えさせられる小説だったな。
すみ 老人問題ってとても身近というか、どうなるんだろうと今から不安だったりするもんね。
にえ それもあるんだけどね。一人の老女に会って、女主人公が成長するって、まあ、お涙ちょうだいものかなってのが予想としてたんだけど、 主人公に悩まされ、それでいっそう、老人問題を考えさせられたって感じかなあ。
すみ 主人公のジャンナはモーディーという老女と出会い、友だちになり、世話をするのよね。モーディーは90歳を過ぎて、汚い部屋に住み、汚い格好をして、 手を差し伸べようとする公的な職員もボランティアもすべてはねつけて、頑固に一人で暮らしている老女なの。
にえ 最初のうちね、ジャンナのモーディーに対する行為が、とても病的で、危険をはらんでいるように思えて怖かった。
すみ ジャンナには、夫も母も亡くしているけど、とくに祖母の最期をちゃんと世話できず、逃げまわっていたということを気にしているのよね。
にえ そのかわりがモーディーで、ボランティアとか、職員とか、そこに線引きがきちっとあれば良いんだけど、 ただ親切心というか、罪悪感につき動かされというか、どんどんモーディーに深く関わっていくから、大丈夫なの? と心配になってきた。
すみ 心理描写部分が、いっそう不安にさせたよね。「かわいそうに」なんて同情的な感じじゃなくて、 つねにモーディーの臭さが気になり、部屋の汚さが気になって、いやだ、いやだと思ってるのに、でも、世話を焼きつづけるの。
にえ わ〜、これで良いお話として持って行かれても、私は納得行かないぞ〜と思ったら、驚いたことにジャンナは他の登場人物たちから、 病的だとか、罪悪感の裏返しだろうとか、そんなにモーディーを期待させていいのかとか、キッチリ批判されてた。
すみ そうそう、それにジャンナは自分は見た目と違って未熟な人間だってかなり気にしていたけど、 批判されたときに否定も肯定もしない落ち着ききった態度をみるかぎり、未熟さはまったくなかったよね。
にえ さらに驚いたことには、ジャンナは日記を書きだすんだけど、モーディーになったつもりで書いたところがあって、 そこで、世話を焼いてくれるジャンナに対して期待しすぎて悩むモーディーの姿もきっちり書かれてるの。つまり、すべてわかった上でやってるってこと?
すみ それはドリス・レッシングの小説スタイルでもあるみたいだね。全方向から書いていくというか、そういう独特のバランスの取り方。
にえ まだ終わりじゃないのよ。もっと驚いたことには、どんどんモーディーの世話にのめり込んでいき、 生き甲斐の仕事までもがおろそかになっていくように見えたんだけど、じつはモーディーから聞きだした話をうまく仕事に利用して、もうワンステップ高く上がろうと、着々と事を進めてたのよ。
すみ それだけとると、未熟というよりしたたかだよね。
にえ 好きか嫌いかといえば好きな主人公なんだけど、ものすごく悩まされた。で、読み進めながら、だったらジャンナはどうすればよかったのかとあれこれ考えるようになっていって、 それで老人問題の深さ難しさにあらためて気づかされたというか。
すみ そうだね。モーディーを引き取って世話する気もないのに、モーディーに親切にして期待だけ膨らませていいのかとも思うけど、 ボランティアだったら、プライドの高いモーディーはずっと拒否していたから、苦しんでいるモーディーを助けることはできなかっただろうし。
にえ じゃあ、みんながジャンナみたいになって、べつにボランティアとかなんだとかじゃなくて、近所の老人の世話を焼きあえばいいんじゃないの、とも思ったけど、 たとえば自分が今、一人暮らししていて、なにかで体が動きづらくなったとして、近所で顔見知りていどの人たちが次々に部屋に勝手に入ってきて、「あらまあ、ここも、ここも汚いですね〜。 お掃除しておいてあげましょうね〜」なんて言われたら、うれしいかイヤかといったら、イヤでしょう。
すみ モーディーはジャンナが友だちだと思ってるからこそ世話をゆるすのよね。ジャンナもモーディーにはやさしいけど、 近所のおばあちゃんは嫌いなタイプだってだけで冷たくあしらったり、平気でするし。
にえ ボランティア以外にも、老人医療に関わる医者や看護婦などなど、いろんな人たちが出てきて、いろんな立場を見せてくれて、 ホントに考えさせられたよ。だって、どういう形が一番いいのか、考えても、考えてもわからないんだもの。
すみ ただ、頭を悩ますような、難しい書き方をした小説ではないのよね。すんなり読みやすい平易な文章で、 かなり淡々と起きたことが語られていて。読んでいて、二ヤッとするところもたくさんあったし。
にえ 帽子づくりのお針子だったモーディーのキラキラ眩しい青春時代のお話なんて、とっても素敵だった。他の登場人物たちのチラチラと語られていく人生も興味深かった。
すみ とにかく私はドリス・レッシングの小説を書く姿勢というか、独自のスタイルがとても気に入ったな。他の作品もぜひ読みたい。かなり幅広いジャンルで書いてるみたいだし。 ちなみにこの小説は最初、ドリス・レッシングの名前を伏せて、別名義で出版されていたのだそうです。なぜかわからないけど。