すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「サラマンダー 無限の書」 トマス・ウォートン (カナダ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
1759年、ブーゲンヴィル中佐は爆弾が落ちて焼けくすぶり、廃墟となった街を訪れた。だれもいないと思われたが、店だったと思われる焼けた建物の一階に、 一人の女がいた。店は書店だったらしいが、女はその店の主だという。女はブーゲンヴィル中佐が本を書いたことがあることにすぐ気づいた。そして、自分はたった一冊だけ、 読みたい本があるという。それはどのページを開いても物語の始まりがある、それでいて終わりのない無限の書。 その書について語るには、まずロンドンの印刷工フラッドが招かれた、スロヴァキアのオストロフ伯爵の機械仕掛けの城について知ってもらわなければならない。
にえ カナダでは、オンダーチェやイザベル・アジェンデとも並び賞されているという、トマス・ウォートンの2作目で、初翻訳本です。
すみ 別にこの本に関しては、オンダーチェに似ているわけでも、アジェンデに似ているわけでもないんだけどね。
にえ 硬質な文章で語られる、濃厚な幻想譚ってかんじかな。先が読めなくて、これはダラダラッと流れていってしまうんじゃないかと不安もよぎったけど、 さすが、さすが、きれいなまとまりもあって、ラストで大満足。
すみ たしかに語り口は硬質だよね。会話はちょっと哲学的な印象もあったりして、ついていくためには気を抜いては読めなかった。
にえ もう最初の一行からビリビリッと来るような雰囲気で、これは気を入れて読ませていただかなくては、と思った。
すみ 硬質で、しかも美しく幻想的な冒険物語だね。物語の大部分が航海なんだけど、それがまた機械仕掛けの迷路のような船に乗って、 ヴェニス、アレキサンドリア、広東と、かなり遠方まで行ってしまうの。
にえ ことの発端は18世紀、本の中に本があって、そのまた中に本があるという、 特殊な本を気に入ったスロヴァキアのオストロフ伯爵が、ロンドンの印刷工フラッドを城に招いたところからはじまるの。
すみ 伯爵は戦の最中に息子を亡くしてから城にこもり、城をまるで人が住んでいないかのような、機械仕掛けの塊のようにしてしまうことに 心血を注いでる人なのよね。
にえ 部屋と部屋の境もなく、入り組んだ城内では、家具が移動しつづけてるのよね。ゆっくりとベッドが通り過ぎていったり、 本棚が通り過ぎていったり。
すみ 伯爵は本のコレクターでもあるみたいね。蔵書の管理については、ことうるさくて。
にえ 城で働く使用人たちは、なるべく人がいないかのように見せるために息を潜め、気配を消して働いているんだけど、 その人たちも伯爵が趣味で集めた「なぞなぞ人間」と称される人たち。
すみ 顎が異常に発達している大男とか、骨なしの曲芸師とか、ね。
にえ 伯爵には一人だけ、美しい令嬢がいるの。令嬢の名はイレーナ。イレーナは体が悪くて鉄のコルセットをしているんだけど、 一度読んだ本を丸暗記できるほどの頭脳の持ち主。城では蔵書に関することを任されてるみたいね、もちろん、伯爵の管理下のもとだけど。
すみ 城はすべて伯爵が支配しているからね。イレーナも城からはほとんど一歩も出ないみたいだし。
にえ フラッドが城に招かれたときは、美しい顔立ちをしたエゼキエルって神父も客として滞在しているの。
すみ 伯爵の依頼は、無限の本。始まりもなく、終わりもない本を作ってくれとフラッドに言うの。
にえ さあ、ここまでが入り口で、あとはそれがどうなって、船旅へとつながっていくのかは読んでのお楽しみ。
すみ 船の旅には指が六本あって、いろいろな国の言葉が話せるけど、自分がどこのだれだかわからない少年とか、 孤児院で育った、美しいけれど肌が悪くてぶかぶかの男の服ばかり着ている少女とか、女海賊とか、なんとも魅力的な人たちが乗りこむのよね。
にえ 行き着く先はとても幻想的、国王の手紙を届けるからくり人形とか、不思議な因縁の男と女とか出てくるし。
すみ そしてもちろん、無限の書に関わる不思議な謎よね。
にえ これはもう、好きな人にはたまらないって本よね。ごくごく上質の幻想譚。本好きなら、本に関する記述もいちいち興味深いだろうし。
すみ 先の見えない話に悩まされるのが嫌いって人には勧めできないけど、そうじゃなければ一読の価値あり、だよね。これからも楽しみな作者さんだし。