すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「帰郷」 上・中・下  ロザムンド・ピルチャー (イギリス)  <日向房 単行本> 【Amazon】 〈上〉 〈中〉 〈下〉
ジュディスは父親の仕事のため、10才までをインドのカルカッタで過ごしていた。しかし、母が二人めの子供を妊娠したため、 いったんは故国イギリスに戻り、父親の姉ルイーズ伯母の家の近く、コーンワルの借家で暮らすこととなった。母親は内向的な性格で、 あまり華やかな社交はなかったが、生まれた妹のジェスはかわいらしく、お手伝いのフィリスとも気が合い、ヘザーという親友もできて、 幸せな日々だった。しかしジュディスが14才になると、母はジェスを連れてカルカッタに戻ることとなった。ジュディスはたった一人で イギリスに残り、寄宿学校に入学した。1936年、大きな戦争がまた起こりそうな気配のする頃だった。
にえ あまりの長さになかなか翻訳されなかった、ロザムンド・ピルチャー「帰郷」です。私たちにとっては、 久しぶりのロザムンド・ピルチャーだよね。
すみ 上中下の3巻なのはもちろん最初からわかってたんだけど、まあ、ロザムンド・ピルチャーなら読みやすいし、 3巻でも読み出したら、あっという間でしょう、とタカをくくってたんだけど、とんでもなかったね。
にえ そうそう、やや普通より小さめの文字で上下二段構えの文字がびっしり、章が移っても、 ページがえの余裕すらない詰め込みようで、解説すらなしの1000ページ超え、さすがに長かった。
すみ 夜寝る前にちょっと読むぐらいしか時間がとれないって人だったら、ゆうに一ヶ月、二ヶ月はかかっちゃうんじゃない?
にえ でも、この小説じたいがまさにその、一ヶ月、二ヶ月かけてノンビリ読むように書かれてるって感じだったよね。 寝る前にちょっと読むには最適の内容だし。
すみ 宣伝文句に「自伝的小説」とあったけど、自伝ではなかったよね。自分の経験を生かして書いた、あくまでも創作の小説という印象。
にえ うん、自伝とは期待しないほうがいいと思う。私は完全に自伝を期待してしまったから、読みはじめに肩すかしをくらった気分だった。
すみ 私はロザムンド・ピルチャーだから、また甘〜い感じなのかなっていうのを恐れてたんだけど、たしかに 甘かった、先は読めるし。でも、戦争という暗い背景と、長いだけあって、良い人が単なる良い人ではなくて裏の面があったりとかして、 甘いだけではなかったから、これだけ長くてもウンザリすることなく、大満足で読めた。
にえ とくに戦前の少女時代を描いた前半はね。でも、それなりに悲しいこともあり、少女ならではの恐ろしいこともあって、 緩慢ではぜんぜんないけど。
すみ もうひとつの宣伝文句「20世紀の<戦争と平和>」というのも違うかな。1935年からはじまって、1945年で終わる、 主人公ジュディスの14才から24才までの青春期。戦争はあくまでも背景。
にえ まあ、戦争についてはイギリスからの視線という感じで、世界平和を見据えてはいないし、植民地での使用人の描写とか、 今の時代に書いたにしては、あまりにもイギリスを善と決めつけていて、う〜ん、と思わないでもないけど、まあ、おばあちゃんだし、そういう時代を生きてきた人だからしょうがないのかな(笑)
すみ 基本的に、登場人物が気持ちよく接してくれるってのが、美しい景色の描写とあいまって、この人の読む者が心地よいって作風になってるからね。
にえ ストーリーはね、14才のジュディスがひとりぼっちでイギリスに残ることになるところから始まるの。妹は幼く、 母は徹底して弱気、父親は遠く離れて、もとからそれほどおもしろい人でもなく。その3人の家族はインドのカルカッタへ、そしてすぐに シンガポールへと行ってしまいます。
すみ ジュディスには、父親の姉である伯母と、母親の妹である叔母の2人がいるだけなのよね。寄宿舎学校に入り、長い休みには伯母の家で過ごすことになるんだけど、 叔母は良い意味でも悪い意味でもサバサバしすぎちゃってて、ジュディスに合わせてやろうって気はなし。叔母のほうは楽しい人だけど、軍人である夫のために転居が多くて落ち着かない。
にえ でも、寄宿学校の校長はとてもいい人で、美しく純真なジュディスが特に気に入ってくれてて、 大切にしてくれるし、ラヴデーという新しいお友だちもできるの。
すみ ラヴデーはナンチェロー屋敷という広大な屋敷に住む、資産家の娘。ボーイッシュで、規則破りの常連だけど、憎めない可愛らしさがあるって娘。
にえ そのナンチェロー屋敷に行くようになって、ジュディスの世界はグググッと広がるのよね。知らなかった優雅な生活を知り、素敵な人にも出会い、 パーティーやら、会話を楽しむってことやらを知り。
すみ とにかくキラキラと眩いばかりの青春時代よね。ナンチェロー屋敷での優雅で、しかも気楽な生活をする人々の描写もだけど、 コーンワルの美しい景色もたっぷり描写されてて。それが、ドンッと暗転して一気に戦争モードに。
にえ そこでもまた、辛いことばかりじゃなくて、うまいこと親切な人に次々と会って、助けられたりもするんだけど。 あと、経済的に余裕があるってことは大きいよね。ちょっと意地悪な言い方をすれば、イギリスの経済的にかなり余裕がある人たちの戦争記って感じ。
すみ そしてもちろん、主人公を成長させる恋愛のあるのよね。主人公以外の魅力たっぷりな人たちにも、いろいろなことが起きるし。 もちろん、多くの若者たちの死がある。
にえ とにかく上手な、というか、達者な作家さんだから、読みはじめれば引き込まれて、止められなくなるのは必至。あとは この方の作風が好きか嫌いかで読み終わったあとの感想は分かれるかな。
すみ 読者はもちろん女性限定。今まで読んだなかで『シェル・シーカーズ』以外はちょっと少女趣味で、 甘ったるさが好きになりきれなかったけど、その中ではこれって戦争を背景としてあることも、超長編であることもいい方に作用して、出来は極上でした。 多少甘くても、心地よい小説が好きな方にオススメ。