すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「白檀の刑」 上・下  莫言 (中国)  <中央公論社 単行本>  【Amazon】 〈上〉 〈下〉
山東省高密県で犬肉小町と賞される美女、眉娘は舅の趙甲を短刀で殺したと告白する。舅の趙甲は20年間なんの音沙汰もなく、 その妻でさえも生きている夫がいるなどとだれにもはなしたことがないというのに、ある日ふらりと戻ってきて、眉娘の夫、小甲に 父だと名乗り、そのまま肉屋を営む二人の家に住み着いた。この趙甲、一見するとただの老いぼれた好々爺なのだが、じつは40余年の 長きに渡り、みやこ北京の刑部大堂の主席処刑人をつとめた、大清朝廷一の使い手といわれる男だった。殺した人数は、じつに987人、 それを躊躇うことなくやりとげたのだから恐ろしい。夢と現実の区別もつかず、半バカと呼ばれる小甲は、なんの疑問も抱かず趙甲に すっかり懐いてしまったが、眉娘は愛人、県知事の銭丁に話し、銭丁は調べてみた方がいいと判断した。
にえ 私たちにとっては、初の莫言作品です。ちなみに莫言というのはペンネームで、「言う莫(なか)れ」という意味なのだとか。
すみ 濃厚にして芳醇、そして凄惨な、まさに中国って感じの小説だったよね。
にえ 良かった、とても良かった。でも先に言っておきたい、なんで中国の人はこんなに残酷な刑罰が好きなのよ。 ありとあらゆる残酷な刑罰をあみだして、なおかつそれを見せ物にしたという歴史、それを嬉々として微に入り細にわたって文章にしたためるという感覚には、どうしてもついていけない。
すみ 日本もさらし首とか釜茹でとかってあるけどね。まあ、比べれば、殺し方はこざっぱりしたものかな。
にえ とにかくまあ、楽しげに長々と書いている処刑の数々は、目を覆うほど凄まじく残酷だった。現在では行われていない過去の歴史だし、 その残酷な処刑も含めて史実を背景とした味わい深い文学作品として出来上がってるのはわかるから、だからどうのと言うつもりはないんだけどね。「言う莫(なか)れ」といわれても、言わずにはいられなかっただけ(笑)
すみ 気が済んだのなら、ストーリーのお話をしましょ。時代は20世紀の初頭、場所は中国の山東省高密県というから、ちと田舎。 でも、清朝から山東省をむりやり租借したドイツが、鉄道を敷こうとしているところだから、穏やかじゃない。
にえ そこで犬肉小町と囃し立てられる美女の眉娘(びじょう)。豊満な肉体と華のある美貌が自慢だけど、母が早くに亡くなってしまったために纏足を履かせてもらえず、 大足なのが玉に瑕。泣く泣く半バカと評判の小甲に嫁ぎ、肉屋をやってるの。
すみ 眉娘の煮た犬肉は、高密県で美味しいお店といえば3本の指に入るほどの人気。勝ち気でお色気たっぷりの眉娘の人気とあわせて、 肉屋はたいそう繁盛しているみたい。
にえ 夫の小甲は子供のまま大きくなったような人よね。幼い頃に母親から、虎のヒゲには一本だけ、宝のヒゲがあって、 それを持つと人間が動物に見えるようになるって言ったのをいまだに信じていて、頭の中はつねに空想と現実がごっちゃごちゃ。
すみ そんな旦那だからってこともあって、眉娘は新しく県知事として赴任してきた銭丁に一目惚れ。銭丁は関羽の生まれ変わりかってぐらい 立派なヒゲの、押し出しの強い、心身ともに立派なお方。銭丁も眉娘に一目惚れして、二人はいい仲に。
にえ 小甲は近所の人たちに当てこすられても、妻の不貞にはまったく気づかず、まあ、平穏。そこに現れたのが、小甲の父親の趙甲。 趙甲は西太后と皇帝陛下に贈り物をされたってほどの有名な処刑人。
すみ なんだか雲行きが怪しくなったところに、眉娘の父親が捕まったとの報せが。
にえ 眉娘の父親の孫丙は、独特の歌や振り付けで人気のある田舎芝居、猫腔(マオチアン)座の座主だったんだけど、 今はなぜか平民たちを引き連れ、政府とドイツに抵抗する義和団の頭の一人。
すみ そして驚いたことに、その孫丙を処刑するよう、袁世凱から直々に任命されたのが、趙甲。眉娘にしてみれば、 愛人の管理下のもと、義父が実父を処刑するってことになる。
にえ おいおい、そんなにストーリーしゃべっちゃっていいのか〜と思うでしょうが、これらはすべて冒頭で語られちゃってることなの。
すみ ミステリで言えば、倒叙だね。先に起きたことがすべて披露されてて、そこから過去にさかのぼり、どうしてそういうことになったかという話が始まる。
にえ 章ごとに語り手がかわり、最初は眉娘で、つぎは趙甲、つぎは小甲、つぎは銭丁と入れ替わって、語られていくのよね。
すみ 時間は多少、前後するけど、登場人物も限られて悩まされることもなく、話しも文章も難しいってことはまったくないからご安心を。
にえ しかも、登場人物の語り口はそれぞれ特徴があって、ときに唾を飛ばすように激しく、ときに歌うように語られていて、魅力たっぷりよね。
すみ それぞれの個性と、歩んできた半生が興味深いし、それに加えて、西太后や袁世凱などの歴史上の超有名人も登場し、 ドイツと清朝の圧政、それに抵抗する民衆たちという歴史的背景、それから土地に根づいた大衆演劇の雰囲気も存分に味わえるの。
にえ やっぱり印象に残るのは、歴史に名を残さない民衆の、力強く、激しい生き様かな。血の熱さに圧倒されまくった。
すみ それに、猫腔の歌のかけ声、ニャーニャー、ニャオニャオでしょ。猫の鳴き声で合いの手を入れるのよ。中国の薫りをタップリ吸い込みながら、 濃厚な小説が読みたいって方には絶対のオススメ。