=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「針のない時計」 マッカラーズ (アメリカ)
<講談社 文庫本> 【Amazon】
アメリカ南部の小さな町ミラン。白血病であることを宣告された薬屋マローンは近づいてくる死、そのもの に悩み、糖尿病の老判事は、南北戦争で価値をなくした南部札に固執し、過去の名声に酔いしれる。 判事の孫ジェスターは青い目の黒人青年シャーマンを愛し、心を通わせたいと願うがままならない。 孤児であるシャーマンは自分の出生を知りたいと願いながらも、見栄をはった嘘をやめられない。 彼らの行きつく先はどこにあるのか。 | |
これはまいった。暗いかもしれない、雰囲気が重いかもし れない、だから人には勧めづらい、でも、この小説は完璧だ。 | |
あらゆるものが凝縮されてたよね。生と死、愚かさと優しさ、 愛と憎しみ、人種、優越感と劣等感、汚さと美しさ、とにかく人間のすべてが書かれてて、圧倒されまくった。 | |
私は読み終わって、放心状態になってしまったよ。とくにラ ストの2章の押さえつけたような衝撃にやられてしまった。 | |
まあ、とにかく、勧めづらいとは言いながらも、内容を説明 していきましょうよ。 | |
登場人物は全員、好感の持てる人ではないの。みんなちょっと 利己主義っていうか、自分のことばかりに悩んで、他人の気持ちを考えない人たち。 | |
ゆがんでるよね、この辺はマッカラーズの定番。今回は特に そうだったけど。 | |
マローンは死にかけていて可哀想なんだけど、仕事を持った 奥さんにたいして不当な怒りをおぼえてて、奥さんが持ってるコカコーラの株券のことばかり気にしてるの。 | |
判事は息子が自殺して、最愛の奥さんを亡くしてて、その辺は 可哀想だし、孫への愛情もせつないんだけど、黒人のシャーマンに向かって奴隷制度が復活したほうがいい なんて平気で言うほど無神経。 | |
『風と共に去りぬ』は自分でも書けた、しかももっと上手に書け たなんて本気で言ってるんだから、バカすぎるよね。 | |
でも、亡くなった奥さんを思い出すとすぐジンワリ涙ぐんだりし て、そういう可愛らしい一面もあるのよね。 | |
シャーマンは頭が良くて、自分の実母を捜してるけなげさがあ るけど、他人を傷つけずにはいられない性格。 | |
ジェスターは愛や人生に深く悩んでるんだけど、青年期だけ あって、ちょっと反抗的で思いやりに欠けてしまってる。 | |
愛せないけど憎めないような、ちょっと息苦しくなるような 人たちよね。 | |
で、マローンと判事は親友で、マローンはジェスターやシャーマンが大嫌い。 | |
思春期独特の傲り高ぶったようなところが許せないのよね、 マローンはそういうのを笑顔で許してあげられるようなゆとりのない性格だから。 | |
判事はゴルフ場の池に落ちたときに助けてくれたシャーマンを 書記として雇うのよね。これは当時の黒人のつける職業を考えると、かなりの優遇。 | |
シャーマンを宝だと大事にするんだけど、もう一方では、 黒人にたいして揺るぎない差別意識を持ってるの。 | |
シャーマンは常に尊大。自分の持ってる能力以上のものになれ ると信じてる。こういう青年期独特の心理状態を書かせたら、マッカラーズの右に出るものはいないよね〜。 | |
自分自身をかえりみると、あんまり思い出したくない時代でもあったりするけどね〜(笑) | |
で、シャーマンもジェスターも、もとから持っていた黒人問題にどんどん深く悩んでいく。 | |
前中盤はかなりゆったりムード。最後のほうになって一気に シャーマンの出生の秘密や、判事の息子の自殺の真相がわかり、事件が起き、慌ただしくなったよね。 | |
ちなみに、この小説はマッカラーズの最後の長編。長く患って いたリューマチ関節炎がこの頃には悪化して、麻痺と激痛のため指一本でタイプライターを叩き、一日に 1ページずつしか書くことができなかったの。 | |
それだけに、この作品には死の影が重くのしかかってて、いつ ものおもしろさはあっても、やはり暗い印象かな。でも私は感動しまくりました。 | |