=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「運命ではなく」 ケルテース・イムレ (ハンガリー)
<国書刊行会 単行本> 【Amazon】
第二次世界大戦中、ハンガリーのブダペシュトに住む14才の僕は、ユダヤ人であるため、服に黄色い星の印を付けることを義務づけられていた。 だけど、僕はユダヤ人としての宗教も持たず、話せるものハンガリー語と、ドイツ語が少しだけだ。父さんは労働キャンプに招集され、 僕は継母と二人で帰りを待つことになった。僕は軍需工場へ勤労奉仕に行くようになった。そこで同じユダヤ人の少年たちと知り合い、 親しくなった。ある日、警官がバスを止めた。ユダヤ人だけがバスを降り、拘束された。僕たちはそのまま煉瓦工場に連れて行かれた。 煉瓦工場は人であふれていた。ドイツのアウシュヴィッツに行く希望者が募られた。他の少年たちとともに、僕は応募することにした。 | |
2002年度ノーベル文学賞受賞作家ケルテース・イムレの初翻訳本です。 | |
ちなみに、ハンガリーでは日本と同じで、苗字が先、名前があとってことで、ケルテースが苗字、 イムレが名前です。一ヶ月ちょい前に読んだハンガリー作家シャーンドル・マーライの本には、たしか紛らわしいから登場人物の名前を前に、 苗字はあとにしたと巻末の解説にたしか書いてあったよね。日本人になじみがないだけに、翻訳者さんも苦心なさるところかな。 | |
巻末の解説といえば、ケルテース・イムレは、ハンガリーであまり有名ではない作家さんだって この本の巻末に書いてあったね。ノーベル賞を受賞したときも、間違えて、同じケルテースという名前の他の作家さんの本を買った人が多かったぐらいだそうで。 | |
ハンガリー国内でも、どうしてこの作家が、他にもっといるじゃないかって話が大なり小なり出たんでしょうね。 | |
まあ、ノーベル文学賞受賞作家の小説はこれまでに何冊か読ませていただいたけど、私自身、選考基準が理解できてないから、 あんまり掘り下げて話すのはやめましょ(笑) | |
でも、この方の受賞は有名じゃないとはいえ、納得しやすいんじゃないの。ちなみにこの小説は、 13年かけて書き上げた自伝的ホロコースト小説。 | |
だけど、普通のホロコーストとはかなり趣が異なってたよね。それについては、巻末に載ってたケルテースの「ホロコースト文学の大半が、 体験時には分からなかったはずの事実まで、分かったように扱っているのに違和感を感じていた」という言葉に、なるほどと思ったんだけど。 | |
うんうん、どうしてここへ行くことになったか、とか、そういう説明なしにいきなり違う環境に連れて行かれたりとかすることがあって、 え、どうして、どうして、と思っているうちに話が進んでいったりしたよね。 | |
現実はまさにそういう感じだったんだろうな。わからないうちに連れていかれるし、 他を知らないから、どうして自分が、とも思わない。 | |
私は主人公である語り手の「僕」の冷めっぷりにも最初のうち戸惑ったかな。 | |
それは巻末の解説を読んで納得したけどな。ケルテース・イムレは両親が離婚してて、その離婚係争中、 5才からの5年間を養護施設で過ごしているの。 | |
うん、やっぱりそれが大きく影響してるんだろうね。結局、両親はともに再婚して、父親が引き取ることに なったけど、父親はかなり支配的な人だったみたいだし。 | |
この小説のなかで14才の僕は、継母にたいしてはもちろんだけど、父親にたいしても、母親にたいしても、 ものすごく冷めていたね。表面的には従順なんだけど、心のなかには温かい情がないというか。 | |
父親が労働キャンプに行くことになっても、他の人ほど別れを悲しんでいないし、自分が突然連れて行かれることになってからも、 ホームシックどころか、故郷を懐かしみ、帰りたいと強く願うようなことはまるでなかったよね。 | |
工場で働くと騙されて強制収容所に連れていかれてからも、ものすごくあっさりした態度だった。その先どうなるか、私があるていど わかっているから、なおさらそう感じるのかもしれないけど。 | |
着ていたものを奪われて、頭を丸坊主にされ、囚人服を着せられても、まあ、そういうものなんだろうなとあっさり納得し、 強制収容所だとわかっても、別に腹も立てずに、じゃあ、早く規則に慣れて、うまく立ち回らないとなと考える。他の大人たちの反応と比べると、 14才という年齢ゆえってところもあるのかなと思ったんだけど。 | |
それもあるし、なにも考えずに従うという生き方に慣れてるってことも多分にあるでしょ。 | |
アウシュビッツからブーベンヴァルト、そこからツァイツと強制収容所を移っていき、そのかんには さまざまなことが起こるんだけど、その過程でも、そういうものなのかと驚くような反応を示してたよね。 | |
アウシュビッツでも時間をもてあまし、退屈なときがあった。苦悩と苦悩のあいだにも幸福に似た何かがあった、なんて言ってたね。 それってなんていうのか、怖いと思った。 | |
飢えについても、目前にある死の恐怖についても、過酷な労働についても、ものすごく淡々としていたよね。 人を焼いている煙がもくもくと煙突からあがっているのを見たときでさえ。こういう状況でそんなものが気になるかと驚くぐらい、だれかの服装についてとか詳細に 語られていたりするし。 | |
実体験をした人ならではの凄味だろうね。意外とその場にいると、ああ、そうなのかで済んでしまう、それが怖いんだけど。 | |
「不届きにもアウシュヴィッツの脱神話化に成功した」という紹介文にものすごく納得したな。とにかくまあ、 読んでみてください。一筋縄ではいかないホロコースト小説です。 | |