すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「満洲国物語」 上・下   遅 子建(チー・ズジエン) 中国 <河出書房新社 単行本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉
1932年、満州事変の翌年に関東軍(日本)はハルビンを占領し、満州国を建国した。不穏な空気のなか、市井の人々はまだふだんの 暮らしを保っていた。王金堂(ワンジンタン)は毎日のように町へ出かけ、道端で弾綿花(タンミエンファ)をやっている。孫の吉来(ジーライ)が 必ずついてくるのが困りものだったが、日本語を押しつける学校には行かせたくなかった。
にえ 原題は「偽満洲国」。1964年生まれの女性作家が書いた、満州国時代を舞台とした小説です。
すみ いったい登場人物はぜんぶで何人だったんだろう。たくさんの主人公のそれぞれの人生を、入れ替わり立ち替わりで 進めていくタピストリーのような小説なの。
にえ でも、人の名前をおぼえるのがとにかく苦手な私たちでも、メモひとつとらずに読めたよね。人物の書き分けがきっちりしてたから、 悩むことはなかった。
すみ 登場人物一覧表もついてるけど、これは読みながらはみないほうがいいよね。ずっと先に起きることまで書いちゃってるから。
にえ 主人公たちのなかには中国人もいれば日本人もいて、多種多様な経験をするの。
すみ 年ごとに章が分けられてて、1932年の章から始まり、1945年の章で終わる。きっちり偽満時代の最初から最後までが書かれているというわけ。
にえ 溥儀や李香蘭なんかもチラッと出てくるけど、ほとんどは歴史に名を残さなかった人々のお話。でも、それぞれが波瀾万丈で、目が離せないんだけど。
すみ 印象に残る人がたくさん出てきたよね。おもだった主人公はみんな男性だったけど、女性作家だけあって、 脇役的に出てきた女性たちがみんな色鮮やかで、存在感があった。
にえ 良かったよね。ものすごく興味深くも読めたし、感慨深かった。一方的に日本人を責めてるお話じゃないから、 読んでるときに息が詰まりすぎないんだけど、読み終わってからあらためて日本人が偽満でやったことの罪の深さを考えさせられたし。
すみ 登場人物がみんな魅力があったしね。何箇所か史実等に照らし合わせると、ん?と思うところもあったし、 ほかにも細かいことを言い出したらキリがないんだけど、そんなことをイチイチ指摘するのが馬鹿らしくなる豊かさだった。
にえ 登場人物たちは別々に存在しているようで、つながりがあったり、出会いがあったりするのよね。たとえば最初に出てくるのは 王金堂というおじいちゃんなんだけど、この人の息子の王恩浩の話もあるし、孫の吉来が行かなかった学校の教師、王亭業って人の話もあるし、 その人と同僚だった鄭家晴っていう人の話もあり、王亭業が通っていた床屋の主人の話もあり、という具合。
すみ 登場人物たちの生き様は、ほんとに多種多様なのよね。たとえば、日本軍に連行され、家族にも知らされずに強制労働に 従事させられる人がいたし。
にえ 当然、生き延びたい、逃げ出したい、家族と連絡を取りたいっていうことになり、いろんな手を使ってみたりするのよね。
すみ それから、日本軍に家族を殺され、ひとりぼっちになって拾われ、棺桶屋で働くことになる少年。
にえ そこに恋の芽生えもあり、生活をする上でのさまざまな葛藤もあるのよね。
すみ 馬賊の男の話もあった。射撃の名手だけど、女好きのために仲間に大変な迷惑をかけることになるの。 誘拐した女を妻として、そこからまたいろいろあるんだけど。
にえ 悪名高い七三一部隊で働く軍医と、そこで実験台として殺されるべくして連れてこられた中国人男性の話もあったよね。 日本人軍医は実験に夢中になって人の命の尊さを忘れた冷血漢だけど、その友だちの日本軍人は淡い初恋をずっと胸に秘めた、良心的な人だった。
すみ 政府の満州は楽園のようなところだという宣伝を信じて、開拓団に加わった、日本人農業青年の話もあったよね。 歌が好きで、明るい性格で、希望に満ちてやってくるんだけど。
にえ 来てみると話が全然違うし、政府が勝手に決めた中国人女性の花嫁を迎えるんだけど、これがまた互いにとって辛いことになっちゃうのよね。
すみ 女性が犠牲になっていく話は多かったよね。働き先で犯されて、好きでもない人と結婚させられる女性もいれば、 泣く泣く体を売る仕事に就く女性もいて、最後に壮絶な悲劇を迎える女性もいれば、なんとか踏みとどまって、強く生きようとする女性もいた。
にえ ちょっとしか出てこないんだけど印象的だったのは、学校で教えられた日本の軍国主義をまるまる信じこんでしまった少女の話。 日本の小説でこういう少年少女の話はよく読むけど、中国にもいたのか、と驚いた。
すみ 学校で教育されちゃうんだもんね。信じる子もいるよ。ほんとに教育って恐ろしいな。
にえ 女優をめざす女性もいたし、抗日連合軍の兵士として死んでいく若者もいた。かと思えば、だらだらと女遊びにふける青年もいて。
すみ もちろん、こういう時代の話だから、読んでて胸のつぶれる思いをするような悲劇的な話が数えきれないほど出てくるんだけど、 とにかく読み出したら止まらなくなるストーリーの魅力がタップリとあって、読むのがイヤになることはないと思います。挿し絵も素晴らしかったし。オススメです。