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 「夜の鳥」 トールモー・ハウゲン (ノルウェー)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
8才の少年ヨアキム・モーは、パパとママと三人、都会のアパートで暮らしている。パパは教職をとって 中学校の先生になったばかりだったが、教室が怖くなって3日目で学校に行かなくなってしまった。今では仕事に行かず、 家事もせず、出掛けたまま帰ってこないことがある。ママは洋品店で働いている。自分がなにをほしいのかわからず、 さんざん迷ったあげくなにも買わない客の相手に疲れて帰ってくると、今度はパパに振りまわされ、ますます疲れて いくようだ。
にえ 前々から読みたかったトールモー・ハウゲンの出世作、「夜の鳥」とその続編の「ヨアキム」が 待望の復刊、ということで読んでみました。
すみ トールモー・ハウゲンは前に「月の石」を読んだんだけど、そちらはぐっと ファンタジックな内容だったよね。
にえ うん、こっちは現実的というか、本当にいそうな少年の、本当にありそうなお話。かなりシビアだし。
すみ でも、色調というか、雰囲気はやっぱり同じ感じだったよね。
にえ そうだね、寒い国の、重い灰色の空の下で書かれたってイメージ。
すみ 暗いって一言で片づけてしまうと、また違うんだけど。静謐って言ってもまた違うって気がするし。 とにかく静かで、ひっそりと美しくて、読んでると胸が苦しくなってくる哀しさがあるの。
にえ 「夜の鳥」「ヨアキム」は、少年ヨアキムがうまくいかない両親の板挟みになって、 三人で幸せに暮らしたいと思うけど、なかなかうまくいかなくて、っていうモロに哀しいお話なんだけど、暗くて辛いって言い切っちゃうと、 違うよね。
すみ そうなのよ。悲しいんだけど、豊かさがあるの。ふわっと膨らんでいく幻想的なところがあって、 それはそれでまた痛ましいんだけど、なんというか、豊かなの。
にえ 現実の重苦しい閉塞感があるんだけど、いつでも非現実的な世界へ逃げ出せる穴がたくさん開いていて、 でもその世界はヒンヤリと冷たいところ、みたいな。こんな説明じゃダメかな(笑)
すみ ストーリーから話すと、8才の少年ヨアキムには両親がいるんだけど、 二人はヨアキムができたがために学生結婚してるから、まだ若いのよね。
にえ 大人としてしっかりと足固めができていないうちに子供のいる家庭ができてしまったって印象。
すみ ヨアキムのママは大学を出て保母さんになるつもりだったんだけど、ヨアキムができて いったん断念。先にパパを大学卒業させて教職をとらせて、パパが学校の先生として働くようになってから、 復学する予定だったんだよね。
にえ それまではママが洋品店で働いて、一家を支えてって、一応キチンと計画は立ってたんだけど。
すみ ところが、パパはたった3日間学校に行っただけで怖くなって、それ以来、家に籠もって。じゃあ、せめて 家事ぐらいはやってとママは言うけど、家事もせずにふらりと出掛けてしまい、戻ってこなかったりするの。
にえ 部屋にいると、壁に押し潰されそうな気がしたからなのよね。ということで、 神経を病んでいる様子。
すみ ママは仕事に疲れ、パパのことで疲れ、もうヘトヘト。なんとかパパに立ち直ってもらおうとするけど、 ちょっと力ずくって感じで、かえって悪化させるばかり。
にえ で、ヨアキムの子供世界では、乱暴者の子供が近所にたくさん住んでいて、いろいろと ゴタゴタすることがあって、そっちはそっちで大変そう。
すみ おまけにヨアキムからすると、住んでいるアパートの中も怖いことだらけなのよね。魔女の老婆が住んでいたり、 誰も住んでいないようでじつは謎の妖精がこっそり住んでいる怖い部屋があったり。
にえ 子供部屋の大きな洋服ダンスには、夜の鳥が住んでいるしね。
すみ ヨアキムにはいつも不安がつきまとうのよね。父親がどうなってしまうのかという不安、 このままじゃ家庭が壊れてしまうんじゃないかという不安、虐められるんじゃないかという不安、夜の鳥に襲われるんじゃないかという不安、などなど。
にえ この不安こそがトールモー・ハウゲンの真骨頂という気がするね。不安をこれほどまで幻想的に美しく、 しかも息苦しく書ける作家さんって他にいないんじゃないかしら。
すみ イメージの広がる豊かな不安、だよね。辛い現実からどんどん幻想世界へ踏み込んでいくヨアキムが痛ましくもあり、 その表現のしかたのハッとするような美しさに息を飲み。
にえ でも、子供たちの子供たちらしい真剣なやりとりがあったり、人の思いがけないやさしさに触れることもあったり、 現実離れはしていないのよね。
すみ 児童文学なんだけど、それを突き抜けるような詩的さがあって。とにかく、 明るい話ではないけど、オススメです。