=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「フラナリー・オコナー全短篇」 上 (アメリカ)
<筑摩書房 単行本> 【Amazon】
39才で亡くなったアメリカ南部女流作家フラナリー・オコナー(1925年〜1964年)の全短篇集。 上巻は短篇集「善人はなかなかいない」の10作と、初期作品の6作を収録。 短篇集「善人はなかなかいない」 善人はなかなかいない/河/生きのこるために/不意打ちの幸運/聖霊のやどる宮/人造黒人/火の中の輪/旧敵との出逢い/田舎の善人/強制追放者 初期作品 ゼラニウム/床屋/オオヤマネコ/収穫/七面鳥/列車 | |
O・ヘンリー賞を4回も受賞した、短篇小説の名手中の名手、フラナリー・オコナーの全短篇集が出たので読んでみました。 収録作品が多いので、上巻と下巻に分けさせていただきます。 | |
私たちにとっては、初フラナリー・オコナーなのよね。読んでの感想は「さすが!」ってところでしょう。 | |
うん、期待どおりだった。南部の女流作家と聞くと、あんな感じかな〜と期待がどんどん膨らんでいくんだけど、 その膨らみまくった期待に、しっかり応えてくれる良作ぞろい。 | |
どうしても、この時代の南部文学ってことで、差別用語が多くなってしまうのは覚悟していただきたいんだけど、 やっぱり読むべき作家だったよね。 | |
登場人物はみんなちょっとずつ歪んだようなところがあるの。都会に出ても、黒人をぜったいに認めようとしない老人とか、 冷徹に使用人を扱うことが正しいと信じる女主人とか、世間知らずなだけなのに自信満々の高慢ちきになっちゃってる娘あたりが多かったかな。 | |
差別意識や偏見や利己主義を良識と信じこんで自分の言動を正当化していたり、道徳心が欠如していたり、自力でがんばっているようでも、 自分の脚だけでは踏んばりきれてないようなところがあったりする登場人物たちよね。 | |
多くが、そういう人たちの受難の物語。痛々しくも滑稽で可笑しく、しかも哀れな。でも、ジメジメとした陰湿な感じではないの。 | |
うん、からっとクールな作者の視線みたいなものを読んでて感じた。ヘナヘナ、メソメソとした軟弱さのまったくない、冷たい知性を感じる作者だよね。優しくないっていうんじゃなくて、 手強いな、一筋縄ではいかないなっていう。 | |
痛いところを的確に突いてくる、かなり辛口のブラックユーモアだった。読んでてやたらとこっちの読者側にビリビリッと緊張が走るの。 | |
で、南部独特の閉鎖的というか閉塞的な雰囲気と、農園やらの広がる南部独特の景色が背景にあるの。どっぷり浸れました〜。 | |
<善人はなかなかいない>
おばあちゃんはスポーツ紙を読んでいた。<はみ出しもの>と名乗る犯罪者が脱獄したらしい。そんなことより、これから 家族で旅行に行くのだった。おばあちゃんはあまり気が進まないが、息子夫婦、幼い男の子と女の子の孫の5人で車に乗り、 フロリダを目指した。 | |
これは胸が悪くなるなりそうなぐらい残酷なお話。初っぱなからこれだったので、 読むのをやめようかと思っちゃったけど、ここまで救いようがなくて残酷な話はこれだけだった。ほっ。 | |
<河>
ハリーの父と母は今日も家でパーティーを開き、飲んだくれるつもりだ。初めて頼んだ子守のミセス・ニコンが迎えに来て、 ハリーは連れ出された。奇跡を起こすありがたい説教師の話を聞きに連れていってくれるのだという。 | |
やや狂信的な女性と、悪気もなく人を喰ったような行動をとる子供のお話なんだけど、 おかしくも悲しい、しかもピリリと皮肉の効いたお話だった。 | |
<生きのこるために>
もうじき30才になるが貰い手のない娘と暮らす老婆のもとに、片腕のない男が訪ねてきた。男はそのまま 老婆のもとに居ることになり、大工仕事を引き受けた。 | |
大事な娘をおいそれと嫁がせるつもりはないと言いながら、じつは男に 貰わせようという、老婆の見え見えの言い草がなんとも苦笑い的におもしろかった。 | |
<不意打ちの幸運>
なくなってしまった貧しい田舎の村を出て、都会のアパートで暮らすルビーは、自分でもよくがんばったと思っている。兄弟も、 村の他の人々も、ルビーほど向上できていない。 | |
ぜったいに子供がほしくないというルビーの叫びが痛切だった。正しいか間違ってるかわからないけど、わかる。 | |
<聖霊のやどる宮>
12才の少女が暮らす家に、二人の14才の少女が訪ねてきた。二人は週末いっぱい滞在するのだが、 たがいを一の宮、二の宮と呼んではクスクス笑いあうような、いかにも頭の悪そうな少女たちだった。 | |
年上とはいえ二人の少女を見下して、背伸びしてでも上に立とうとする 12才の少女の生意気ぶりがなんとも痛がゆいようなおもしろさだった。 | |
<人造黒人>
ミスタ・ヘッドは孫のネルソンと二人暮らし。ネルソンは生後5ヶ月まで都会にいたことを知り、ずっと 都会出身であることを意識していた。そんなネルソンの鼻を折ってやろうと、ミスタ・ヘッドはネルソンを連れ、 15年ぶりに都会へ行くことにした。 | |
虚勢を張ってなんとか孫をペシャンコにしてやろうとする老人のおかしくも 哀しい、一日の奮闘記。ゆがんではいるけど、やっぱりホロッと来ちゃう。 | |
<火の中の輪>
女手で農園をきりもりするミセス・コープのもとに、三人の少年が訪ねてきた。三人のうちの一人は、 昔雇っていた男の息子だった。三人は農園内に一泊だけさせてもらうと言ってきたが、いつまで経っても居座った。 | |
どこまでやるのか、なにが目的なのか、そういうものがまったく見えてこないから、 少年たちの言動ことはへたな大人より怖い。ゆがんだ少年たちの存在に、ミセス・コープと一緒になって怯えてしまった。 | |
少年たちの恐怖とともに見えてくる、ミセス・コープの内面の弱さみたいなものも、なんとも印象深かったよね。 | |
<旧敵との出逢い>
たしか一兵卒だったはずだが、南部戦争の将軍ということになっているサッシュ将軍は104才、62才の孫娘と 暮らしている。サリーは16才で代用教員になってから長く教壇に立っているが、今の時代では学歴のなさが正常ととらえられず、 ずっと大学に通っていた。 | |
62才にしてようやく卒業式となったサリーは、どうしても祖父のサッシュ将軍を自分の卒業式にかりだしたいの。 みんなに自分が間違ってないことを見せつけるためにね。 | |
かたやサッシュ将軍は、軍服を着てイベントに参加して、自分のかっこよさを誇示したくて仕方ないのよね。 自分のことしか考えてない人たちが招く苦々しい結末、ってお話。 | |
<田舎の善人>
義足で、心臓が悪く長生きはできないと言われているジョイは大学で哲学を学んだのち、高慢な態度を身につけて、 母親のもとに戻ってきた。以来、32才になる現在まで、なにもせずに日々を過ごしている。ある日、母娘のもとに、 聖書売りの男が訪ねてきた。 | |
どこまでも高慢な娘と、いかにも田舎の善人といった感じの聖書売りの男が出逢い、どうなったかという皮肉の効きまくったお話。 | |
<強制追放者>
女手で農園をきりもりするミセス・マッキンタイアのもとに、母国ポーランドを逃れてきた一家がやってきた。 牧師の紹介で、農園に雇われたのだ。機械を使いこなし、黙々と働くポーランド人は、怠け者の白人や黒人たちより、 ありがたい使用人と思われた。 | |
これはちょっと長めのお話。言葉も通じず、まじめだけど我を通すポーランド人が 引き起こす摩擦の数々はやがて悲劇に。 | |
<ゼラニウム>
馴染んだ故郷を離れ、都会に住む娘夫婦と暮らすことになった老ダッドリー。よかれと思って越してはきたものの、 思い出すのは故郷のことばかりだった。 | |
人生の選択ミスは、戻りたくても戻れないことが多いのよね。痛いなあ。 | |
<床屋>
大学教授のレイバーは馴染みの床屋で、次の選挙ではだれに投票するか訊かれた。そこでサラリと自分の考えを披露できれば いいのにと思うのだが、実際には粗野な言葉であれこれと批判されるばかりで、言いたいことは言えず、苛立つばかりだった。 | |
高学歴の大学教授が、低学歴の床屋に、どう言えば相手にもわかりやすく説明できるのかと 悩んでいるあいだに、ガンガン言い負かされてしまうという皮肉なお話。 | |
相手はおそらく軽い気持ちでしゃべってるのに、あれやこれやと悩んで落ち込みまくる大学教授の姿がなんとも 哀れで滑稽よね。 | |
<オオヤマネコ>
牛や人をもたちまちのうちに殺してしまうオオヤマネコの恐怖に皆は怯えていた。目の見えない老ガブリエルは匂いでオオヤマネコの存在がわかるはずだった。 | |
どんなに研ぎ澄まされた感覚も、恐怖のなかでは狂ってしまう。一人で小屋に残された老人は・・・というお話。 | |
<収穫>
ミス・ウィラートンはこっそり小説を書いている。今日、書こうとしているのは季節労働者の男の話。 彼女が関わりを持ちたい文学サークルのなかでは、社会的関心が重んじられるからだ。しかし、ミス・ウィラートンの 想像のなかで登場人物たちは別の物語を進めていく。 | |
これは物語じたいのおもしろさに加え、プロの作家が素人作家のことを書いているという 面白味もあるお話。 | |
<七面鳥>
両親に認められたいララーは、七面鳥を追いかけた。あの七面鳥さえ捕まえれば、両親はララーを認めてくれるはずだった。 しかしどこまでも七面鳥は逃げ続け、ララーはひたすらあとを追う。 | |
これはかなり苦々しいお話。 | |
<列車>
寝台車に乗ったヘイズは、黒人ポーターの顔が気になった。昔なじみのキャッシュじいさんにあまりにもよく似た顔だった。 | |
19才の青年が、知らない人と少しだけ話してみたり、ポーターを昔の知り合いの孫かなにかだと思って何度も話しかけては 冷たくあしらわれたりしながら寝台車の旅をするお話。 | |
どうにもこうにもこういう感じって、なんとなくでわかるだけに息苦しくなるのよね。その息苦しさが、読んでてむず痒い快感なの。 | |