すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ジョン・ランプリエールの辞書」 ローレンス・ノーフォーク (イギリス)
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18世紀、ジャージー島(イギリス本土からかなり離れ、むしろフランスのほうに近いチャネル諸島の島のひとつ。 ほぼ同じぐらいの大きさのガーンジー島と向かい合っている)に住むランプリエール夫妻の一人息子ジョン・ランプリエールは 本の読み過ぎのためか13才から目がかすみはじめた。十代の終りの頃には世界がぼやけはじめ、22才になって両親のおかげで、 眼鏡を手に入れた。ようやく世界がはっきりと見えるようになったジョン・ランプリエールが見とれてしまうのは、島一番の美少女 ジュリエットだった。ジュリエットは巨万の富を持つといわれるカスタレイ子爵の令嬢で、ジョン・ランプリエールなどが 相手にされるとも思えなかったが。ところがある日、ジュリエットから声をかけられた。破産した屋敷から購入した数千冊の書物を 調べるため、カスタレイ家に来てほしいという。
にえ そろそろメモを取りつつ、長く複雑な小説を読みたいな〜なんて思いはじめたので、 読み損ねていたこの本を読んでみました。
すみ 帯に「エーコ+ピンチョン+ディケンズ+007!」なんて書かれてて、 なんだそりゃ〜と思ったけど、妙に納得したよね。
にえ うん、エーコなみにミッチリした時代背景の蘊蓄をからませつつ、ピンチョンなみに複雑怪奇で名前の由来などの楽しませ方があり、 そのわりにディケンズのように単純にストーリーを楽しめるところもあり、でもまあ、全部あわせたよりも、ずっと軽めのエンタメ系で、007的乗りってことろかな。
すみ 褒めようと思えばいくらでも褒められるし、けなそうと思えばいくらでもけなせる小説だったよね。
にえ そうだねえ、部分的に気になるところもあったし、全体的には、もうひと踏み込みのないゆるさって ものも感じなくはないんだけど、でも、そんなことどうでもいいぐらい、読んでて楽しかった。
すみ うん、最初の100ページぐらいまでは、作者が28才の時のデビュー作? う〜ん、まあ、こんなものかなあ、なんて 思いながら読んでるところもあったんだけど、その先あたりからはまったくなにも気にせず、ひたすら夢中になって読んじゃった。
にえ エーコとかピンチョンとか書かれると、「ウッ」と引いちゃう方もいると思うんだけど、 そこまで難しくないというか、悩まされないというか、書いてあることの解読に苦しむこともなく(笑)、スラスラ読めたよね。
すみ うん、逆にそっちを期待しすぎるとガッカリするところもあるだろうけどね。 でもとにかく、凝りに凝ってるわりには行きすぎてなくて理解できる範囲におさめてくれてて、でもじゅうぶん濃厚で楽しめた。満足っ。
にえ お話は、ジャージー島から始まるの。ちなみにジョン・ランプリエールは実在した人で、本当にジャージー島の出身で、 辞書を書いた人。辞書はこの本に出てくるとおり、ギリシア、ローマ神話の世界のことがたっぷり書かれた、なかなか魅力的な内容みたい。
すみ 実在の人物とはいえ、小説ではまったくと言っていいほど、違った人生を歩んでるのよね。 本当のジョン・ランプリエールの生涯はけっこう地味だったみたいだけど、小説では波瀾万丈。
にえ 他にも実在した人たちがたくさん、楽しい登場人物として書かれてるよね。
すみ で、小説のジョン・ランプリエールは、クウィントって先生のもとで勉強してたんだけど、 あまりにも意見が合わず、やめてしまい、そこからは独学に。
にえ 書籍を調べてほしいと言われて行った、カスタレイ家でクウィント先生と再会するんだけど、 22才でもう完全に先生を超えちゃってるってほど、ランプリエールは知識を蓄えてるのよね。
すみ で、ランプリーエルはカスタレイ子爵から、お礼にって本を1冊もらうんだけど、その本の表紙には 不思議なマークがついてるの。
にえ 中身もちょっと不思議な感じなのよね。とくにアクタイオンとディアナの物語のところには、 他のページとは一線を画すような、まるまる1ページの挿し絵がついてて。
すみ アクタイオンはディアナの入浴を見てしまい、自分の飼い犬に胸部や脚を食いちぎられてるの。で、挿し絵には遠くからそれを見ている 馬に乗った男の存在が。
にえ で、ある日、ランプリエールは父と二人で家を出て、別々のコースに散歩に行くんだけど、 なぜかばったり滝のある池の向こうとこっちで再開。そしてそこには、ランプリエールの恋いこがれるジュリエットが裸で水に入っているの。
すみ 父と息子がそれを見たとたん、父は猟犬に襲われ、ズタズタに。そして、遠くから見ている馬上の男が。つまりランプリエールにとっては、 アクタイオンとディアナの物語がそのまま現実で再現されたようなもの。ここから、神話とランプリエールの現実の数々の不思議な交差がはじまるのよ。
にえ しかも、ロンドンに渡って父の遺した文書を受けとってみると、ランプリエール家には、複雑な過去があった様子なのよね。 先祖代々、悲惨な死に方をしてきたみたいだし。
すみ で、話は17世紀のフランスの港町ラ・ロシュルで行なわれたユグノー弾圧による悲劇、インド人の二代にわたる殺し屋、 東インド会社、インドに向かう貿易航路の謎、<豚肉倶楽部>なる仲間たちのハチャメチャな乱痴気騒ぎ、謎の作者による出版物、激化していく労働者解放運動、 などなどあることないことの歴史の裏側みたいなお話がたっぷりからんで、それが少しずつ結びついていくの。
にえ とにかくタップリ知識がありながら、史実にこだわりすぎずにめいっぱい創作の手を加えたって感じ。 最後のほうは行き過ぎかなってぐらいまで行ってたけど、それはそれでドヒャヒャとおもしろかったよね。
すみ 登場人物その他、メモを取ることは多かったけど、人物相関図を作らないとわからなくなるほど複雑でもなくて、 引っかかることもなく楽しめました。分厚い、濃厚で複雑な小説を悩まされすぎずに楽しみたい方にオススメ。