すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「エスター・ウォーターズ」 ジョージ・ムア (アイルランド)  <英宝堂 単行本> 【Amazon】
亡き父の影響で母とともに敬虔なプリマス同胞教会の信徒であるエスター・ウォーターズは、稼いだ金を酒に使い、 子供だけは次々に作る義父のために家にいることもできず、働きに出ることとなった。とある地方の一帯を所有する 裕福なバーフィールド家の台所女中となったのだ。エスターはまったく知らなかったが、バーフィールド家の主人は大馬主で、 広大な敷地で競馬用の馬を育成し、騎手たちを育てていた。酒や賭け事など赦せないエスターだったが、同じ同胞教会の信者である、 やさしい女主人バーフィールド夫人のもとで働けることが嬉しかった。
にえ 古典文学を読もう!の第2弾ということで、1852年生まれのアイルランドの作家、ジョージ・ムアの 小説を読んでみました。この「エスター・ウォーターズ」は最初の自然主義小説といわれているのだそうな。
すみ 自然主義ってのはようするに、勧善懲悪の物語とか、うまくまとめての大団円とか、超理想的な登場人物とか無しの、 本当にそこらにいそうな人が出てくる、どこかにありそうなリアルなお話ってことよね。
にえ 本当にそういう小説だった。典型的な女の一生ものではあるんだけど、 この小説が発表された1894年あたりには、ホントにいてもよさそうな女性が主人公で、そのまま庶民たちの生活が描かれてた。
すみ そういった意味では、今読むからこそのおもしろさがタップリ味わえる小説だったよね。当時の庶民の暮らしが ありありとわかって。
にえ うん、ヒロインが現代の読者に受け入れられやすそうなところもいいよね。当然のごとく、女主人公エスターは苦労に苦労を重ねるんだけど、 決して耐えるだけの女じゃないの。
すみ かなり短気で、侮辱されたと思えば腕も振り上げるし、ご主人様が相手であろうと、納得がいかなければ口答えするし、 読んでてイライラさせられない主人公だったよね。
にえ 信仰心は厚いんだけど、そこは庶民ってことで、生きていくためならわりとあっさり妥協して、 堅いことばっかり入ってられないって態度だったしね。
すみ 短気は本人も自分の欠点だとわかってて、冒頭シーンでは、これから女中として働きに行くというのに、 どうせ長くは続けられないだろうな〜と思ってるの。
にえ 案の定、お屋敷に行ってすぐ台所をとりしきる料理番のラッチと一悶着起こすのよね。 初っぱなからガミガミ言われて、侮辱するようなことまで言われたエスターは、じゃあ、辞めますとばかりに屋敷を飛びだしちゃうの。
すみ でも、けっきょくラッチの息子であり、エスターにとっては運命の男となる ウィリアムに説得され、戻って働くことになるのよね。
にえ じつはエスターには大きなコンプレックスがあるの、読み書きができない文盲。これは 酒ばっかり飲んでる義父のために苦しむ母を助けようと、小さな頃から働いてきたからしょうがないんだけど、勝気なエスターとしては、 ものすごい負い目。それもあって最初のうちは、働く仲間に馬鹿にされるんじゃないかとピリピリしてるんだけど。
すみ おまけにまわりは環境上、そろいもそろって競馬好きで、競馬がまったくわからない エスターは、自分のわからない話ばかりされてカリカリしちゃうのよね。
にえ 宗教上、賭け事なんかする人たちと関わり合いたくないしね。でも、女主人のバーフィールド夫人が同じ宗派で、 やはり競馬に反感を持っていることを知り、態度を軟化させることに。
すみ バーフィールド夫人のおかげでまわりにも馴染み、しばらくは楽しく働くんだけど、 やっぱりそこは女の一生ものですから、平穏な日々が続くはずもなく、エスターは屋敷を追い出され、ロンドンで私生児を産んで苦労の人生を歩むことに。
にえ こき使うばかりで、まったく思いやりをしめさない主人のもとで働いたり、 どうせ子供なんか邪魔だろうから殺してあげるなんて親切ごかして言ってくる婆がいたり、大変なのよね。
すみ とにかく少ない収入で、切りつめてやっていかないと親子で貧民収容所の世話になるしかないから必死。
にえ でも、そのうちに同じ人間として思いやり深く接してくれる主人と出会い、結婚してくれと言う人も現れ、 辛いばかりの人生じゃないのよね。パブの女店主になったりもするし。
すみ で、そんな波瀾万丈のエスターの背景には、競馬という賭け事に夢中になったがために、 身を滅ぼしていく労働者階級の人たちの多々の生き様があるの。
にえ まじめに働いても生きていくのにギリギリで、競馬で一攫千金を狙いたくなる人々の心情が痛いほど伝わってくるし、 当たったときの大興奮ぶりがキッチリ描写されてるから、もう一度って思ってのめりこんじゃう気持ちもホントによくわかったな。
すみ しつこく長々と書かれてるわけじゃないから、競馬に興味がない人でも問題なく読めると思うけど、好きな人には細かい描写部分がかなり楽しめるよね。
にえ 競馬場でのダービーの風景とか、脚の具合の悪い馬の調教の話とか、騎手の減量の話とか、 こじつけの霊感で賭ける人、データ分析で賭ける人、賭けの胴元の一喜一憂ぶり、レース結果を報せる新聞の号外などなど、 100年前のイギリスの競馬風景がありありと伝わってきて、おもしろかった〜。
すみ ということで、ハーディの「テス」をかなり意識して書いた小説だといわれてる そうなんですが、私たちには「テス」よりこっちのほうがだんぜん楽しめました。大満足っ。