すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ナイーヴ・スーパー」 アーレン・ロー (ノルウェー)  <NHK出版 単行本> 【Amazon】
25才の誕生日のこと、兄と両親と楽しく過ごしていたはずのぼくは、突然、食事中に意味もなく両親につっかかり、 兄とクロッケーをやっている最中に怒りくるった。それは、まったくもってぼくらしくないことだった。ぼくのなかで 何もかもが意味をなくした。何もかもがばらばらになってしまった。さいわい、兄が2か月ほど旅行に行っているあいだ、 空いた部屋を貸してくれることになった。ぼくは大学を辞め、記事を書いていた新聞社にもうなにも書かないと告げ、 アパートを引き払い、本もテレビも手放し、兄の部屋に自転車で向かった。これからがいよいよほんとうの世界なのだ。
にえ ノルウェーの作家アーレン・ローの初邦訳本です。これが2作めで、 ヨーロッパではカルト的な人気を博しているのだとか。
すみ 私としては、共感できる部分もあり、共感できない部分もありで、惚れこんじゃう ってほどではなかったけど、共感できるところが多い人は、はまっちゃうかも。
にえ 主人公でもあり、語り手でもある<ぼく>は25才で、唐突に、鬱病とかではないんだけど、 前にも後にも進めないような立ち止まった状態になっちゃうのよね。モラトリアム状態っていえばいいのかしら。
すみ とりあえず、今までの勉強とか、仕事とか、交友のほとんどとかを断って、兄が独り暮らし をしていた部屋に行って籠もりぎみの生活をはじめるんだけど、籠もりっきりってわけでもなくて、プチひきこもりって感じ。
にえ 兄は典型的なポジティブ人間って感じかな。仕事もバリバリがんばってるみたいだし。
すみ でも、うざったくなるほど無神経な人ではないよね。この人なりに弟のことを心配してて、 それがちょっとずれてたりもするけど。
にえ で、プチひきこもりをしだした<ぼく>は、最初のうち、気象学者になるための 研修で、北のほうの小さな島にいる友人のキムだけと交友があるの。
すみ 交友といっても、ファックスのやりとりなんだけどね。
にえ <ぼく>はキムにあてて、今の自分が求めているもののリストとか、 子供の頃に夢中になったもののリストとか送るの。
すみ これはつい、自分でもやってみたくなったよね。じっさい読みながら頭の中に、 子供の頃に夢中になったもののリストが浮かんだりしてた。
にえ それから、本を読むのよね。ポールって名前の学者が書いた、「時間」 に関する本。わかりやすく、楽しい物理学って感じかな。
すみ そもそも<ぼく>は、「時間」というものがわからないってことに問題意識を感じてるから、 この本を読むことが大切なのよね。なにしろ、その本には「時間」なんてないんだってことが書いてあるんだから。
にえ 私たちの信じてる「時間」の観念ってものがね。ポールの本を読むと、「時間」はどこにいても同じように過ぎる ものだと当たり前のように信じていることが、根底から覆されちゃうみたい。
すみ それは<ぼく>にとってはものすごい救いであり、まったく新しい生き方をするためにはとても 大切な知るべきことなのよね。
にえ で、そのうちにボールを買って壁に向かって投げつづけ、次にはハンマー&ペグっていう ひたすらトンカチで叩きつづける子供用の玩具を買うんだけど、そういう単調な繰り返しをして頭を無にする時間を持つことも、 <ぼく>にとっては大切なことみたい。
すみ それから嫌いな友人と会うことになったり、近所の子供と友だちになって一緒に出掛けたり、 ちょっと素敵だなと思う女性に出会ったり、アメリカに行ったりと、意外と閉鎖的ではないんだけど、ストーリーがあるってほどでもないんだよね。
にえ でも、飽きるってことはまったくないよね。一緒にちょっとだけノンビリとした、いい時間を過ごしてるって気になれて。
すみ ただ、優しさについての考え方に同意できないところが多くて、私は共感しきれなかったんだけど。
にえ <ぼく>が、なんのてらいもなく、気負いもなく、単純にストレートに、優しい人でありたい、 いい人でありたいと願うところはいいよね。
すみ うん、死んだ鳥を親が子に隠したり、子供に安易にお金を与えちゃったりするのが優しさとは思わないけど、 単純に、いい人でありたいな〜って思う気持ちには共感する。
にえ しばらくのあいだでも、こういう状態で過ごせる<ぼく>を羨ましく思ったり、 <ぼく>のふんわりと優しい思い出に微笑んだり。うん、そうだね、のんびり、いいやつとして生きたいよねって気にさせられた。
すみ べつに落ちこんだ青年が人との出会いや出来事を通して癒されていく、なんてありきたりのいい話ではないのよね。 ナイーヴになった青年が、もっとナイーヴに生きていこうとするお話とでも言えばいいのかな。なんだか私ったら、いつのまにかヤケにあくせく生きてたじゃない、速度を落とそう、 なんて思える本でした。