すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「贖罪」 イアン・マキューアン (イギリス)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
1935年の夏、13才の少女ブライオニーは脚本を書いていた。両親と10才年上の姉セシーリア、そしてもうじき邸に戻ってくる、 12才年上の兄リーオンに芝居を見せるためだった。北のほうから来る従姉のローラ、その 双子の弟のジャクスンとピエロを脇役に、ブライオニーがヒロインを演じるのだ。ブライオニーはまだ知らない。 このあと自分が若い男女の愛をを目撃することも、すべてを破壊する過ちを犯してしまうことも。 そして、その後の人生が、罪を贖うためについやされることも。
にえ イアン・マキューアンの新刊です。これは驚いた!
すみ 驚いたよね〜。イアン・マキューアンは10年周期で変化しつづける作家なのかもしれない、 なんてことを前に言ってたんだけど、2000年代のマキューアンは、変化どころか、まるで別人の印象。
にえ 以前の作品を何冊か読んでて、多少なりともこういう作家かなというイメージがあった方は私たちと同様、 これ読めばいい意味で裏切られたと感じるんじゃないかな。当然、作家として円熟期を迎えたってことなんだろうけど、ここまで円熟するものなの?!って感じ(笑)
すみ しっとりと、じっくりと、緻密で、深みがあって、しかも強くはあるけど優しい視線があって、 ホントに重厚な文学作品。こういう古典的な文学とは対極にいる作家だとばかり思ってたのにねえ。
にえ マキューアンを避けてた人たちに、これは無理にでも勧めたくなるね。まさにマキューアンみたいな 小説が嫌いっていう方が絶賛するタイプの小説ではない?
すみ 失礼な言い方をすれば、ここまでじっくり腰を据えて、真正面から取り組む作家だとは思わなかったよ、という のが正直な感想かな。
にえ この小説はね、1935年の夏のことを書いた第一部と、第二次世界大戦中の1940年のことを書いた第二部と第三部、 それに1999年に書かれたことになってるエピローグの3つから成っているの。
すみ 1935年の第一部は、イギリスのとある田園風景の広がる場所にある立派なお屋敷、 タリス邸が舞台。
にえ 13才の少女ブライオニーは、11才の時から物語を書きはじめ、将来は作家となるべくして生まれてきたって 感じの感受性豊かな少女。
すみ 兄と姉がいるけど、かなり歳が離れているのよね。兄のリーオンは、楽天的な社交家で、役所で高い地位にある父とは 同じ道を歩まず、家を出て部屋を借り、銀行で働いてるの。その下の姉セシーリアは、ケンブリッジ大学を出て、とりあえず家に戻ってきているけど、 ちゃんとした職について家を出たいと考えているところ。
にえ 久しぶりに帰ってくる兄の気を惹こうとして、ブライオニーは芝居を上演することにするのよね。
すみ 自分が主役で、脇役は北から来ることになってる、従姉弟にやらせようと考えてるの。
にえ 従姉弟は、ブライオニーの母の妹ハーマイオニーの子供なのよね。ハーマイオニーはただ今離婚に向けて別居中で、 新しい恋人と旅に出たところ。それでしばらくタリス邸で預かることになったの。
すみ ところがいざ従姉弟たちが来てみると、従姉のローラは自分が主人公をやると言いだすし、 双子の弟は情緒不安定のきかん坊になっちゃってるしで前途多難。
にえ 大人が介入すれば、もう少しスムーズに行くところだったんだけど、ブライオニーの母エミリーは、 常に偏頭痛に悩まされて寝てばかりだし、姉のセシーリアは、他のことに気を取られてしまっているのよね。
すみ セシーリアは、タリス家の使用人の息子ロビーに苛立っているの。ロビーはケンブリッジ大学の文学部を 首席で卒業し、庭仕事を学んでたけど、医学部に進学することに決めたところ。
にえ 幼い頃は兄妹のように親しかったセシーリアとロビーだけど、男と女であることを意識しはじめる 年頃になってきてるのよね。
すみ それから事件が起こり、関わった人々の人生を変えてしまうようなことになるんだけど、 まずはその前の描写が、とにかく細やかなの。とくに心理描写。
にえ これまでは当たり前のように自分だけが主人公だったブライオニーは、 少女でありながらすでに蠱惑的な魅力を発揮しはじめているローラと主導権を争わなくてはならなくなり、 動揺しながらも、とにかく必死。
すみ 母のエミリーは、ベッドで横になりながらも、子供の頃から自分だけに視線が集中するためなら あらゆる手を使っていた妹のハーマイオニーと、その娘のローラを重ね合わせ、ブライオニーの焦燥をいち早く察しているのよね。
にえ エミリーは夫が仕事を理由になかなか帰ってこないことを無理に自分に納得させようとしてるし、 娘のセシーリアに対しては、生意気すぎると感じてるみたいだった。
すみ セシーリアは、ロビーを前にして突飛な行動をとってしまう自分に苛立ち、ロビーの存在を憎みそうにさえなっていて、 そんなセシーリアを見て、ロビーは初めて女性と意識しはじめるの。
にえ 小さな出来事と、細やかな心理描写が積み重ねられていき、もうこれは なにかなくてはすまないというように、どんどん緊張感が張りつめていくの、もう大きな音を立てて弾ける寸前というところまで。
すみ そして、邸の息苦しさに堪えられなくなった双子兄弟が脱走を試みるという、 あとで笑い話になるような瑣末な事件が、とんでもない出来事を引き起こすことになってしまうの。そのために、 幸せが目の前まで来ていた人たちは地獄に突き落とされ、ブライオニーは贖罪の道を歩むことに。
にえ で、第二部と第三部。これは1940年、第二次世界大戦が始まって一年、パリ陥落前後ぐらいの話なんだけど、 これがまたよくぞここまできっちり調べあげ、自分のものとして消化して書き上げたなってぐらい丁寧に書かれてるのよね。
すみ フランスから逃げ出そうとしているイギリス兵たち、死体や破壊された家をいくつも 見かける港までの道のり、それから、イギリスの病院で働く戦時志願の見習い看護婦たち、もうホントに細やかで、心情のめいっぱい伝わってくる 描写で、体感するかのごとく読めた。
にえ 第二部と第三部で、あの事件から人生を狂わせてしまった人たちがどうなったかがわかり、 そしてエピローグで、77才となったブライオニーの総括が。
すみ このエピローグがまた凄いのよね。なんというか、2つめのラストを見せられるというか、 裏返しで見せられるというか、半開きの目がむりやりこじ開けられるというか、とにかくゾワゾワッときた。
にえ しかも、ブライオニーを通して、小説とはなにか、作家とはなにかっていうことが 語られてるのよね。それを読んで私は、なんて真摯な人なの、イアン・マキューアンは! え!? ってかんじで、 複雑に感動してしまいました(笑)
すみ とにかく素晴らしい文学作品。イアン・マキューアンが好きな方も、嫌いな方も、 まだの方も、試していただきたい素晴らしさでした。