すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「小さな白い鳥」 ジェイムズ・M・バリ (イギリス)  <パロル舎 単行本> 【Amazon】
一目見るなり軍人であったことがうかがいしれる紳士キャプテンWは、裕福だが孤独な身の上だった。 彼の過去にどんな悲しみや愛があったのか、知る人はない。6年前の午後2時、キャプテンWは紳士だけが入会を許さ れるクラブのいつもの席で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。そこに偶然、通りかかる美しい女性、名はメアリと いう。メアリは保母さんで、手紙を出しに行くところだった。その顔はとても幸せそうだ。なぜなら、 今はまだ売れない画家の恋人と週に1度は会えるからだ。それから毎日、午後2時になるとキャプテンWは クラブの窓から外を眺めるようになった。
にえ 1904年にロンドンで初演されて以来、現代まで人気を保つ ジェイムズ・M・バリの「ピーター・パン」。でも、ピーター・パンは、その戯曲で初めて登場したのでは なかったのです。じつは、その2年前に発表された小説「小さな白い鳥」の中で誕生したのでした。その「小さな白い 鳥」の初翻訳で、バリの最高傑作ともいわれる小説、といわれては読まずにはいられませんね。ということで、 読んでみました(笑)
すみ まあ、古くさくて面白味のない児童書でも、こういうのは読んだってことに 価値があるからね〜と読みはじめたんだけど、とんでもなかったね。
にえ そうなの。まず、児童書ではないの。これは立派な大人の読む本。で、 ものすごくおもしろいのっ。すっかり惚れこみました〜。
すみ ジャンルの特定できない小説だよね。ユーモア小説と呼ぶには笑い 以外の部分が上質すぎるし、純文学と呼ぶには幻想的で優しすぎるし、ファンタジーと呼ぶには現実味がありすぎるし。
にえ とにかくねえ、主人公であり、語り手でもあるキャプテンWがいいのよ。
すみ 言うことはとても辛辣で冷たくて、イヤミったらしくもあるんだけど、 やることは言葉とは正反対、なのよね。
にえ たとえば、通っているクラブのウェイターが病気になった妻を心配して仕事に手がつかないと、 そんなことで仕事をおろそかにするとは呆れ果てた、そんなことなら別の者に担当してもらう、なんて平気で言い放つの。
すみ 私のような紳士が、ウェイター風情の心配事にはわずらわされたくない、みたいなことも言うしね。
にえ そのくせ、仕事のために妻の病状がわからないウェイターのために、わざわざ 病状を聞きに行き、挙げ句の果てには養生先まで手配してあげちゃうの。
すみ それでもまだ、ウェイター風情が紳士である私にお礼を言うなんて失礼だ、なんて言ってるのよね(笑)
にえ とにかくどうしようもない衝動のように、やたらと人に親切にするんだけど、 感謝されるのを異常に嫌って、礼なんて言われようものなら怒りまくっちゃうの。
すみ お礼がしたいなんて言われようものなら、イヤミたっぷりの手紙を送りつけちゃったり、 なんてことまでするのよね。
にえ でも、それがまた辛辣で意地悪なのに、なんだかユーモラスで、隠そうとしている 優しさが滲み出まくっちゃってるのよね〜。
すみ そんなキャプテンWが見惚れてしまったのが、メアリという一人の女性。 もちろん、キャプテンWは頭が悪そうだとか、自惚れが強そうだとか、けなしまくるんだけど。
にえ メアリの恋人についても、バカ丸出しの売れる可能性のまったくない ヘボ画家だとか言ってるのよね。
すみ そんなことを言いながら、メアリと恋人が結ばれる手助けをし、二人の 貧しい結婚生活に、こっそり救いの手を差し延べるの。なにも望まないながらも続くメアリへの恋心を、ちょっとだけ 呟いたりもするんだけど。
にえ キャプテンWは過去に素敵な恋の思い出と、失った愛のつらい思い出があるみたい。 それについては断片的に、曖昧にしか書かれてないんだけどね。
すみ で、メアリの子供が生まれて、その子がデイヴィッドという男の子。 デイヴィッドに会うために、キャプテンWはケンジントン公園に通うことに。
にえ 大人相手のように身構えなくていいぶん、デイヴィッドにはもう愛情のかぎりを注ぐ キャプテンWなのよね。デイヴィッドのために素敵な空想のお話を作ったり、夢を叶えるために奔走したり。
すみ デイヴィッドが望めば火遊びだって平気でやらせちゃうんだから、 母親としては、甘すぎて困った小父さんだったりもするのよね。
にえ そのせいで、子守のアイリーンとは喧嘩ばっかりしてるの。アイリーンは 助けてあげたウェイターの娘だから、ほんとうはキャプテンWが大好きで、敬愛の情は持ち続けてるんだけど。
すみ でも、甘すぎるかと思えば、いつかは成長すればデイヴィッドも、自分の本質を見抜き、 自分から離れていくだろう、なんて冷静に現実を受けとめてたりするんだけど。そこがちょっと切なかった。
にえ で、キャプテンWがデイヴィッドとともに作ったお話の一つが、ピーター・パンのお話なのよね。
すみ ここに出てくるピーター・パンは、私たちが知っているピーター・パンとは全然違ってて、 生後一週間の赤ん坊のまま年齢が止まってて、ケンジントン公園で鳥たちと一緒に暮らしているの。
にえ もともとはこれが目的で読むことにしたわけだし、とってもとっても素敵なお話だったんだけど、 すっかりキャプテンWに心を奪われた私は、ピーター・パンのお話が早く終わって、キャプテンWの話に戻るのを心待ちにしてしまうのでした(笑)
すみ で、まあ、いろいろあるんだけど、そういうお話の流れのなかで、唐突にファンタジックだったり、 マジックリアリズム的な描写があったりするの。それがまた唐突なのに、あまりにも自然で説得力があって、とにかく スゴイ筆力としか言いようがないんだけど。
にえ 文章の端から端までが、とにかく滑らかで、瑞々しく美しくて、それでいてユーモアにあふれ、 でもきっちり知性的であったりもして、ああ、なんて上手に文章が書ける人なの、とメロメロになっちゃうっ。
すみ とにかく見た目から美しい本なんだけど、なかみもきっちり美しくて、心が潤う本でした〜。 もちろん、オススメッ。