すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「灰の庭」 デニス・ボック (カナダ)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
1945年8月6日の朝方、広島県の新庄橋で、6才の恵美子は弟の光夫の背中に祖父の絵を描いて遊んでいた。 そこに原爆が落ちた。光夫も、そして両親も亡くなり、残ったのは被爆して顔半分が焼けただれた恵美子と祖父だけになった。 50年後、恵美子はアメリカで、少しは名の知られるドキュメント映画監督となっていた。恵美子は新しい映画を撮るため、 原爆投下に関わった亡命ドイツ人科学者アントンに会いに行った。年老いたアントンは、ユダヤ系難民である妻ソフィーとカナダの 静かな住宅地で暮らしていた。
にえ ドイツ系カナダ人作家デニス・ボックの初翻訳本です。
すみ 1964年生まれで戦争経験もない作者が書いたもので、一部は訪れたこともない ヒロシマが舞台になっているってことで、読もうかどうしようか迷ったんだけど、やっぱり気になって読んじゃいました(笑)
にえ 正直なところ、予想以上にガッカリかな。
すみ う〜ん。凄まじい経験をした人が、感情を抜いて抑えた文章でそれを書くと、 独特の迫力がでるんだけど、想像だけでムリに書いたものを抑えた語り口で淡々と書いちゃうと、どうしてもアラが目立っちゃうのねえとシミジミ思ってしまったかな。
にえ 潜在する罪悪感を複雑に書こうとしたんだろうな〜となかば同情ぎみに思いはするんだけど、 いただけないものはいただけないね。
すみ 登場人物はほぼ完全に3人に絞られてて、その3人の物語が交互に語られていくという流れなんだけど、 アントンとソフィーに関しては、視点がさだまらなくて、あっちに移り、こっちに移りで、そこからしてもうなんか、いかんな〜って感じが漂いまくっちゃったよね。
にえ おまけに、3人の思考の流れがふらつきまくってて、人物像がつかめないのよね。リアリティを出そうと、 わざとやってるんだろうと思う部分も多々あったんだけど、やっぱり芯からぐらついちゃうと、それも狙いだとは納得できないかな。
すみ 一番わからなかったのがソフィーだよね。ユダヤ人であるがゆえ、危険が迫って一人祖国を脱出、 長い船旅ではるばるたどりついた国で難民収容所に入れられ、そこから出たいために偶然訪問した若き科学者アントンと結婚することに、 って過去のある女性なんだけど。
にえ じつは難病を抱えてるのよね。そのために子供も産めないの。
すみ それでもアントンと幸せな結婚生活を夢見るんだけど、原爆投下後のヒロシマを調査して、帰ってきた アントンは自分の殻にこもってしまって、淋しいかぎり。で、浮気をしてみたりするんだけど。
にえ 故国に残した両親を心配しているような、してないような。未来を夢見て日々の 生活を明るくしようと努力しているような、してないような。夫に失望して愛情を失ってるような、愛情を感じて心配しているような。 ホントによくわからない人だったねえ。
すみ そのソフィーを、両親のことなんてほぼ忘れちゃったんだろう、過去より未来を見るタイプだから、と 平気で言い放ちながら、どうやら生きようって気はないらしい、なんてことも口にする夫のアントンもよくわからない人だよね。
にえ 愛情を感じて、ソフィーと暮らすことだけを考えてるとか言いながら、理解しようという気がまったくないところが、 科学者気質とだけ説明されてたような・・・。
すみ その二人の物語のほとんどは、ダンスパーティーに行ったとか、家を買ったとか、 そういう淡々とした出来事がつづられてて、それがまたやけに詳細に書かれてるから、ちょっと読んでてかったるくなっちゃったよね。
にえ そうそう、早く恵美子の話にならないかな〜って、そればっかり考えちゃった。
すみ 恵美子の話は、途中までは興味深く読めたよね。もちろん、ヒロシマを知らない人がヒロシマを書いてるから、 細かいことを指摘したらキリがないんだろうけど、心情的にかなり共感できて。
にえ アメリカに渡ってからのことについては、知らなかった話も出てきたしね。ヒロシマで被爆した少女25人ぐらいが、 10年後に「原爆乙女」と呼ばれ、アメリカに招待されて手術を受けてるの。
すみ そのなかに、恵美子もいたって設定なのよね。テレビ番組にも出演したって書いてあったけど、これも本当の話がもとになってるのかな。
にえ アメリカ滞在中に祖父を亡くし、皮膚移植であとは残ってるけど前よりは多少ましな顔になった恵美子は、そのままアメリカに永住して、 ドキュメント映画監督になるの。
すみ ただ、顔のことばっかり書いてあって、顔がただれるほど被爆したのに後遺症がまったくなくて、元気に生きてる恵美子と、 病気の症状がどんどん出て、いつ死ぬかわからないソフィーが交互に出てくるから、どうしても恵美子のほうがたいしたことがないように受け取れてしまうけどね。
にえ 思春期にずっと入院してたから、男性を好きになることもなかったって軽く言い切っちゃってるところも納得いかなかったよね。 せめてそのあとに、ほんとうは友だちの夫婦が仲よさげなところを見て辛い思いをしたんだとか、そういうエピソードを入れてほしかった。
すみ アントンについては、最初のうちは、戦争を終わらせることだけを考えていた当時の科学者として当然のことをやったまでだって 主張を強調して、最後には、って流れにしてくれればまだしまったんだけど、最初から最後までどっちつかずでグダグダ言ってたから、ラストも なんだこの恩着せがましいジジイは、って感じになっちゃったねえ。
にえ それに対する恵美子の態度も、なんか叫びそこねて中途半端になっちゃったって感じ。 あ、なんかしゃべってるあいだにエスカレートして、ずいぶんボロクソに言ってしまったような(笑) ここまで貶すつもりじゃなかったんだけど。
すみ そんなにひどいばかりの小説ではなかったのよね。ただ、あまりにもモヤモヤが残る読後感だったんで、 どうしても読後は文句言いたくなっちゃうのよね〜。なんて、これじゃあフォローになってないか(笑)