すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「私たちがやったこと」 レベッカ・ブラウン (アメリカ)  <マガジンハウス 単行本> 【Amazon】
7作品収録の短編集。
結婚の悦び/私たちがやったこと/アニー/愛の詩/ナポレオンの死/よき友/悲しみ
にえ 私たちにとって、3冊めのレベッカ・ブラウンです。
すみ 7編続けて読んでいくと、濃さがだんだんと薄まっていくって感じだよね。
にえ うん、とにかくねえ、私は最初の「結婚の悦び」を読んだとき、あまりの凄さに、 この本じたいを読み続けるか、もうやめておくか、真剣に悩んだ(笑)
すみ 前に読んだ「体の贈り物」や「家庭の医学」とは全然違うと聞いてはいたものの、やっぱり驚いたよね。 前2冊を読んでなかったら、「結婚の悦び」を読んだじてんで、この作者は精神を病んでいるんだろうかと本気で思っちゃったかも。
にえ 「体の贈り物」「家庭の医学」の柔らかで、淡々とした語り口と違って、 すさまじいばかりの狂気の世界だったよね。カウンセリングのテープを聞かされてるみたいだった。愛しすぎたために独占欲の地獄に 堕ちた女が見る、連続する悪夢って感じ。
すみ 2つめの「私たちがやったこと」は、ちょっと語り口は落ち着くんだけど、 今度は設定が凄いのよね。
にえ そう。でも、私は2つめの短編にして、なぜかすでに馴染みはじめ、今度は、創造した世界をよくまあ、これほど 詳細に、リアルに書き込めるものだと1つめも含めて、なんか惚れ惚れしはじめたりして(笑)
すみ 3つめの「アニー」で、狂気だ! でも、素晴らしい!!ってなってきたでしょ。 ここで3作あわせて振り返って、レベッカ・ブラウンがここまで特異で、すごい作家だったんだと再発見した感じ。なんかもう、ゾクゾクしちゃった。
にえ うんうん。で、4つめ、5つめの短編で、狂気もだんだん落ち着いてきたなあ、なんて感じになってきて、 6つめの「よき友」で、あれ、これは「体の贈り物」の世界だ。すっかり狂気が抜けてしまっている、となんだかちょっと残念な気がしはじめて、 短編らしい短編の7つめで終り。
すみ 6つめも7つめもとても良いんだけど、先に衝撃的なものを読まされたあとだと、 物足りなくさえなってくるね。ということで、私たちは、うしろから、逆順で読むことをオススメします。どうせ邦訳本を出すにあたって決めた順番みたいだし、 前から読まないほうがいいと思う。
にえ ということで、以下の紹介も本の順番とは逆にさせていただきました。
<悲しみ>
私たちはみんなで彼女を見送った。外国に行く彼女に、私たちはいろんなものを彼女に贈った。ただひとつ、 帰りの航空券を除いては。
にえ 旅立っていく彼女、彼女がいつかは戻ってくると信じる、彼女の恋人の女性。一緒に帰ってくると信じたふりをしつづける私たち、 そんなお話。
すみ 前に読んだ「体の贈り物」「家庭の医学」もそうだったけど、レベッカ・ブラウンが 書くのは、旅立っていく人ではなく、残される人、なのよね。
にえ だれかがいなくなって、ポッカリと穴が開いて、その穴は埋まることがない。ズキリと胸に迫る喪失感だな。
<よき友>
私はゲイ仲間のジムを病院に連れていった。ジムは恋人のスコッティをエイズで亡くしている。そして、 ジムもまた・・・。
すみ ジムと語り手の<私>は、「ありがとう」なんて言う前に、イヤミやからかいの言葉のひとつも言いたくなっちゃうような、 もう、お互いが助け合うなんて当たり前すぎるってぐらい、心の通じ合った関係なの。
にえ ジムは自分が逝くことがわかっていて、自分がいなくなったあとに、せめて<私>が少しでも淋しくないようにと、 恋人候補を勧めてみたりするの。せつない。
すみ ジムを少しでも愉しくさせようと友だちが沢山集まって、あとからやってきた ジムの両親も、ジムをとても理解し、愛してて、ホントにもうあたたかさに包まれているんだけど、すぐ先には死しかないのよね。
<ナポレオンの死>
私はナポレオンを殺したい。夢の中で、私は次々に人を殺していく。私は何度もあなたにナポレオンを殺したいと言ったのに、 あなたはわかってくれない。
にえ 主人公の夢と、現実が交互に語られていくお話。現実のほうでは、恋人が、なに言ってるんだよ、とか、 僕たちってわかりあえてるよね〜なんて言ってるんだけど。
すみ 夢のほうでは、ありとあらゆるシチュエーションで、残酷な、そしえてあっけないほど簡単な殺人が 次々と行なわれてるのよね。
にえ 本当に殺人を犯したいんじゃなくて、もっと単純で欲だけに限られた、殺したいという願望が、どんどん 主人公のなかで迫り上がっていくのがハッキリ見えた。
<愛の詩>
去年の9月、テイト・ギャラリーであなたの個展が開かれた。有名人がおおぜい押し掛けたオープニングのあとの夜、 何者かがギャラリーに押し入って、あなたの作品をすべて破壊した。
にえ これはとっても短いお話なんだけど、完全に漆黒の狂気を持った恋人と、 その恋人に寄り添う、灰色の狂気を持つ<私>のお話って感じかな。
すみ 恋人の狂気はイビツだけど、どこかまだストレートで、<私>の狂気は 色が薄いけど、もっとねじれてて、もっとイビツなのよね。
<アニー>
カウガールのアニーは、カウボーイたちに私をパリから来たまたいとこだと紹介した。アニーのワイルドウェスト・ショーは とても人気がある。
すみ これは本当に素晴らしかった。私的には、この本の中で最高傑作だと思う。鳥肌が立った。
にえ 説明すると、複雑だよね。アニーと<私>という二人の女性が出てくるんだけど、この二人は正反対でありながら、 同一人物らしくて、同一人物なんだけど、別々の人になってて一緒にいる、みたいな。
すみ アニーはフードプロセッサーやらアルミホイルやらといった現代文明は いっさい受けつけない、開拓時代そのままに生きているような女性。対する<私>は、文明の利器に馴染みすぎてる女性。
にえ 二人は最初、アニーの開拓時代のような世界にいて、それから、<私>の文明世界へ行くのよね。
すみ それと平行して、<私>の少女時代の思い出が語られるんだけど、そこには、 ひたすら開拓時代に憧れ、カウガールになりきりながらも、すべてがハリボテで、今となっては虚構の世界でしかないことを うっすらと知ってしまっている少女がいるの。
<私たちがやったこと>
安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した。こうすれば私たちは いつも一緒にいるはずだ。(本文冒頭からそのまま引用)
にえ 目が見えなくなったピアニストの恋人と、耳を焼いて、なにも聴こえ なくなった画家の<私>のお話。私は<アニー>とこれの甲乙はつけがたいな。どちらも、ここまで書ける作家はまず、いないと思った。
すみ 二人は完全な共同体となって、目が見えないこと、耳が聞えないことを周囲に隠し、 ピタリと寄り添って生きていこうとするのよね。
にえ 狂気の、そして究極の愛をめざす二人に、待っているのはあまりにも当たり前の、ゆっくりとした、そして最後には残酷な悲劇。
すみ 二人がめざす愛はものすごく高い位置にあるけど、人はもっと低いところで生活しなくてはならないのよね。 そのギャップが残酷。
<結婚の悦び>
私たちは新婚旅行で、人里離れたコテージに行った。豪華な結婚式や披露宴から解放されたあとなのだから、 二人きりでゆっくりと過ごし、愛を確かめあうはずだった。それなのに・・・。
にえ これはもう、夢と現実の境がない、狂気に取り憑かれた頭の中そのままのようなお話。
すみ <私>は、静かなコテージで<あなた>と二人っきりで過ごしたいのに、 なぜかどんどん<あなた>の友人が訪ねてきて、コテージではいつ果てるかしれないパーティーが繰り広げられ、 それにあわせてコテージもどんどん変貌していくの。
にえ 二人だけでいたいの〜って叫ぶ女性の金切り声が、いつまでも耳に残るような、圧倒されるほど凄まじい愛のお話だよね。 裏返しの独占欲地獄。引きずり込まれそうだった。
  
「私たちがやったこと」は「体の贈り物」とあわせて、雫さんからいただきました。この本を読んだことで、私たちのなかの レベッカ・ブラウンの位置が「読んでよかった素晴らしい作家」から「もう絶対目が離せない作家」まで上昇しました。ありがとうございます。