すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ヴェネツィアの青い天使」 サリー・ヴィッカーズ (イギリス)  <DHC 単行本> 【Amazon】
望んだわけではないが独身を通し、なんのロマンスもないまま初老を迎えたジュリア・ガーネットは、 永年勤め上げた歴史教師の職も辞し、ハリエットと多少なりとも楽しい老後を過ごす計画を立てていた。 ハリエットはジュリアの所有するロンドン西部のこじんまりとしたフラットの同居人で、三十年以上も ともに過ごしてきた親友だった。ところが、ハリエットは一緒に退職した2日後、突然亡くなってしまった。 途方に暮れたジュリアは、とっさの思いつきで半年間、ヴェネツィアに住んでみることにした。それはいかにも、 ハリエットが考えそうなことだった。
にえ サリー・ヴィッカーズは遅めのデビューで第1作めであるこの小説は、 版元も予期せぬベストセラーとなり、各国で翻訳本が出ることになったということです。
すみ 作家になる前は英文学と心理学を教え、精神分析学者でもあったとのこと。 読んでるあいだは歴史の方が専門の方かと思ってたから、とっても意外。
にえ 英文学の知識は存分に生かされてたでしょ。軽く語られているだけだけど、 イギリスの作家や詩人についての言及が、いくつも散りばめられてた。
すみ この小説じたいは、ジャンルを特定しづらい内容だったよね。純文学と エンタメ系のあいだぐらいで、抑え気味だけど、ミステリ的要素も、歴史ミステリ的要素も、初老の女性のロマンス的要素もちょっと 含まれてて。いろいろ含まれているけど、語り口はかなり抑え気味なのよね。
にえ とにかく良かった〜。旅行じゃなくて、住んでるって状態のヴェネツィアの描写に酔いしれ、 内省的ながらも少しずつ解き放たれていくジュリアに共感しきりで、もうすっかり気に入ってしまった。
すみ ジュリアはほんとに良かったよね。早いうちに母を亡くし、厳しすぎる父がいやで家を出て、 そのあとはずっと独身だった、上品で、ヴェネツィアに行くまではあまり社交的ではなく、知的興味の強い人。
にえ 若いうちはお父さんのことが嫌いだったけど、亡くなった今は愛情を感じてま〜す、なんて 興ざめなことを言わないところがまたいいのよ(笑)
すみ 自分は厳しすぎる教師だったという自負と反省があり、ずっとそばにいたのにハリエットを 理解しきれていなかったという思いがあり、そういういろんな思いを引きずりながら、ヴェネツィアへと旅立つの。
にえ ハリエットは生きることを楽しむ術を知っている、ほんとに素敵な女性だったみたい。 これだけ素敵なお友だちがいるんだから、いくらジュリアが自分を卑下しても、ほんとうは素敵な人だってことがわかるわね。
すみ 楽しい計画を立てるのはいつもハリエットだったのに、独りぼっちになってしまった ジュリアは途方に暮れ、不動産屋にどこに行くのかと訊かれ、思わずヴェネツィアと答えちゃうの。
にえ ヴェネツィアでは、ザッテレ河岸近くにある貸部屋を借りて住むんだけど、 ここがまた素敵な部屋っ。
すみ 部屋だけじゃなく、話好きの明るい大家さんがいて、大家さんの従妹の息子で、 ニッコラっていう明るくて素直な少年もいて、みんなとっても親切なのよね。
にえ なんだかとっても良い滑りだしで、裕福で、しかも感じのよいアメリカ人の夫妻なんかとも 仲良くなって、ジュリアはどんどんヴェネツィアを好きになっていくんだけど。
すみ カルロっていうイタリア人男性と知りあうのよね。カルロは画商で、 芸術に詳しくて、まさにヴェネツィアの案内役としては最適のハンサムな紳士。
にえ 自分に厳しく、感情が波立つのを嫌うジュリアは、自分みたいな枯れたおばあちゃんに どうしてカルロみたいな男性が、と戸惑うんだけどね。まあ、これには甘いロマンス小説ではないから、いろいろあるのだけど。
すみ それから、<疫病の聖堂>という、小さな聖堂を修復しているイギリス人の男女の双子と 知りあうことに。
にえ <疫病の聖堂>は、ある貴族の娘が奇跡的にペストから恢復したことで、 父親である貴族が建てた聖堂なのよね。天辺に大天使ラファエルの像がついていて、それから、息を飲むほど美しい絵があるの。
すみ それこそが、この小説には歴史ミステリの要素もあるといった、そのミステリのもとである、 「トビトと天使」の物語を描いたものなのよね。
にえ これは聖書よりもずっとずっと古くからある神話で、トビトの息子トビアが 大天使ラファエルと旅をして、運命の女性サラを娶る話なの。
すみ ここで私たちは、聖堂の修復をする双子の名前がトビーとセーラであるという不思議な符合に 気づかずにいられなかったりもするんだけど。
にえ ジュリアは「トビト記」に興味を覚え、旧約聖書、ユダヤ教教典へと遡っていくことに。 それとともに、185歳の老トビトが過去の世界から物語を語りはじめます。
すみ ジュリアはさらに、モンシニョーレと知りあうことによって、<疫病の聖堂>に 隠されたいくつかの秘話も知ることに。
にえ モンシニョーレは、位階はあるけど任所は持たない高位聖職者の老神父で、 とにかく知識が豊富で、大戦中には神学生であったにも関わらず、ユダヤ人を逃がす地下活動にも参加したという人で、 だけど酒好きでエッチな話が大好きという、たくさんの秘密も抱え持った、とっても複雑で魅力的な老人。
すみ それから、ジュリアはミス・マープルなみの推理で、消えてしまった絵画の 謎も解くことになり、と、この手際はとても鮮やかなんだけど、あまり強調してミステリ小説なのね〜と思われすぎてもイヤなんだけど(笑)
にえ とにかく、ハリウッドばりの派手派手エンタメ系よりヨーロッパ系の翻訳本が好きで女性だったら、ぜひ読んでほしい1冊だよね。 もちろん、絶対オススメっ!