すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ティモレオン センチメンタル・ジャーニー」 ダン・ローズ (イギリス) <中央公論新社 文庫本> 【Amazon】
ティモレオン・ヴィレッタは黒に茶と白のブチの入った普通サイズの、どちらかといえば小さめの平凡な雑種犬だった。 ただひとつ、普通の犬とは違うところがある。目が少女の瞳のように愛らしいのだ。もとイギリスの音楽家、今は抹殺同然でイギリスからイタリアに 移り住んだコウクロフトに拾われ、甘やかされて暮らしている。コウクロフトは惚れっぽい同性愛者で、暮らす相手を次々と変えているが、 いつも一緒にいるのはティモレオンだった。ところがある日、自分をボスニア人だというハンサムな男がコウクロフトを訪ねてきて、 一人と一匹の生活は狂いはじめた。
にえ これは、ダン・ローズの初長編作品、イギリスと日本、同時発刊の小説です。
すみ なんで本国イギリスと、翻訳の必要がある日本で同時に発売しなくてはならないのかわからないけど、 とにかくスゴイよね(笑)
にえ そこまでしてくれなくてもって気はするけど、まあ、この翻訳文に文句を言う人はいないだろうから、問題はないでしょ。
すみ で、この本なんですが、どうなんでしょ。とっても、とっても良くって、読む価値はあったと思ってるんだけど、 好き嫌いは分かれるかな〜。
にえ ラストがね。残酷なことになるだろうなとは、それまでの話で予測できたけど、やっぱり 感情的には、これだけはやめて欲しかったというのがあるし、それに、こういう残酷さを好むってのがどうしても作者の若さって気がして、 その若さにほんのり嫌悪を感じなくもないかな。
すみ あとね、第一部と第二部に分かれてて、第一部ではけっこうコウクロフトの美しい男性に対する愛情と、 ちょっとまあ、軽く行為についても触れられてて、それが可愛らしく、ユーモアに溢れているけど、ぎりぎりのグロテスクさもあったりして、 ダメな人はダメかな。
にえ ダン・ローズは若手イギリス作家ベスト20に入ったというだけあって、すんごくこの小説も 優れていると思ったし、読むべき小説だと思ったけど、嫌悪が先に立っちゃう可能性が高いから、読んで〜とは言いづらいかな。
すみ でも、良かったか、悪かったかと訊かれたら、迷わず「良かった」だよね。
にえ そうなの。内容としてはね、第一章と第二章に分かれてるんだけど、 第一章は、おもにコウクロフトの家にボスニア人だという男が転がりこんできてからの顛末。
すみ コウクロフトはイギリスで、音楽家としてはまあまあの、たとえば名前を聞いて、ああ、 あの人かという人はほとんどいないけど、人気テレビ番組の音楽担当をいくつかしたことがあるという、ある程度は成功した 音楽家だった人。
にえ 事情があって、黙殺されたというか、抹殺されたというか、とにかくもう、 イギリスにいても何も仕事は来ないって状態になっちゃった人なのよね。
すみ とりあえず、すでに年金をもらえるほど年老いていたり、昔に作曲したものからの印税が入ってきたりして、 贅沢はできないけど、ちょっと余裕があるぐらいには生活ができるのよね。
にえ イギリスにいても辛いだけのコウクロフトはイタリアの、ちょっとだけ人里離れた場所にある家に住んでいて、 ノンビリとはしてるけど、孤独な生活を強いられてるの。
すみ 裏切られたり、喧嘩をしたりで人間の友だちはほぼ無しって状態で、孤独を癒してくれるのは、 犬のティモレオン・ヴィエッタだけ。
にえ そこに突然あらわれるのが、自称ボスニア人の青年なのよね。この青年はまったくコウクロフトを愛してないどころか、 嫌悪すら感じてるんだけど、なにか人目を避けたい事情があるみたいで、コウクロフトと同棲することに。
すみ その青年と、ティモレオンはなんだかとっても気が合わなくて、青年を愛してはいないけれども美しさに惹かれ、 人と過ごせることに喜びを感じて手放したくなくなってしまったコウクロフトをめぐり、二人と一匹は奇妙な三角関係に。
にえ で、第二章は、一匹で旅をすることになってしまったティモレオンがほんのわずかずつ関わりをみせる、 短編集のようなおもむき。
すみ たとえば、イタリアの青年に恋をして、結婚を期待してウェールズからわざわざ会いに来た少女の話とか、 イタリア人の大学教授に見そめられ、中国からイタリアに渡ってきて結婚生活をする中国人女性とその娘の話とか。
にえ あとはねえ、名うての不良少年と耳の聞こえない少女の恋の話、生まれてすぐに、成長しても赤ん坊以上には知能が発達することはないでしょうと 言われた少女とその周囲の人々の話とか。
すみ どれもハッピーエンドを期待させるんだけど、けっきょくは悲しい余韻を残すことになるお話ばかりなんだよね。
にえ 悲しいんだけど美しくて、どれもジンジン来た。痛ましいんだけど、不思議な透明感があるのよね。これまで短編集を2冊出して、 それで認められてるというだけあって、ここはさすがに素晴らしかった。やっぱりメインストーリーよりも、こっちのほうが輝き浮き立ってたというしかないかな。
すみ で、独立した短編小説のようなお話が次々と語られつつ、コウクロフトの過去や、自称ボスニア人青年の過去が明かされていくという流れ。 私たち的には、ラストさえ違ってたら大絶賛していたところ、かな。