=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「路面電車」 クロード・シモン (フランス)
<白水社 単行本> 【Amazon】
クロード・シモン(1913年〜) 父親の赴任先であるマダガスカル島のタナナリーブで生まれる。 大学には進学せず、画家をめざすが、作家に転向。1985年ノーベル文学賞受賞。 | |
私たちにとっては、初めて読んだノーベル文学賞受賞作家クロード・シモンの本です。 | |
最初、本を開いたとき、字が大きくてゲッと思ったけど、読んで納得だったよね。 これは大きな字にしてくれてなかったらキツかったでしょ。 | |
「、」(読点)はあるけど「。」(句点)が1ページに1個あればラッキーという、 とにかく長々続く文章なのよね。 | |
でも、読点はまあ、それなりにつけてくれてあって、なんといっても リズム感がいいから、読んでて慣れてくると、意外とそんなに苦ではなかったけど。 | |
そうそう、長々とした文章の最初のうちは、何について書いてあるのかわからなくて、 読み進めていくと、話が逸れているようでもあるけど、いつのまにか書かんとする景色が見えてくる、という感じなのよね。 | |
読みやすいとは口が裂けても言えないけど、読んでくうちに、なんだか妙に心地よくなっていくというか。 | |
あ、でもね、私はいつも20ページぐらい読んでちょっと休んで、また読みはじめるって繰り返しで本を読むんだけど、 この本は20ページ読んで休んだあとの最初の2ページが毎回つらかった(笑) 3ページめから、また流れに乗れてくるんだけど。 | |
それにしても、読点の打ち方が絶妙な、おもしろいリズム感のある文章だったよね。言葉の選び方も楽しくて、 翻訳家さんの貢献度大って感じ。 | |
ストーリーはあってないような、スケッチに私小説を織り込んだようなお話なの。 | |
まずは、路面電車が走っていき、車内の情景と、車窓の風景が、路面電車の走っていく速度に合わせたかのごとく描写されていくのよね。 | |
それから、路面電車から見える学校と病院がきっかけとなって、過去と最近の二つの私的な事柄も、路面電車と平行して 一緒に走るように、語られていくの。 | |
学校は過去の、子供時代の思い出で、病院は最近入院したときのお話で、 どっちも架空のお話というより、クロード・シモンの実体験といったほうがいいような内容なのよね。 | |
過去については、母親とか、親戚とかの知っている人たちをごく端的に再現してみせた話で、最近入院した話のほうは、 2日間だけ老人と同室になって、そのあと個室に移ったという経緯の中で、ちょこっと見た人たちのことを書いたって感じかな。 | |
どちらの話にしても、女性にギョッとさせられた話がやけに多いよね。 | |
そうなの、そうなの。男性のほうは出てきても、最初のほうに出てくる路面電車内の喫煙場所にひっそり集まっている男たちみたいに、 なんだか顔も見えてこないし、ぼんやりとした印象しか残さないんだけど、女性のほうはやたらと存在感が強いというか、かならずクロード・シモンをギョッとさせるというか(笑) | |
まず、子供時代の思い出に出てくる演劇の舞台に飛びだして、活きのいいところをみせた従姉は遊び仲間のリーダー格だし、 お手伝いの女性はネズミをオーブンで焼いて子供たちに見せちゃうし、「勃起」という言葉を人前で平然と使う上品な女性も出てきたし。 | |
入院中の話でも、看護婦は患者の排便を「うんち」なんて見下した子供言葉で表現してギョッとさせるし、 運ばれていく死体まで女性で、これまた死んでいるのに生きているみたいに綺麗でギョッとさせる(笑) | |
これだけギョッとさせられるような女性ばかりが出てくると、どうしても、この人は 女性に対して恐怖症でもあるのかしらなんて思っちゃうけど、翻訳者さんのあとがきによると、奥様とも仲が良さそうで、そんなわけでもなさそうよね。 | |
私は怖いって気持ちが進んで、女性蔑視まで進んでる人じゃないかなあともチラッと思ったけど、これも 翻訳者さんのあとがきに、年上の女性作家が書いた新刊本を読もうとしているらしきシーンが書かれてたから、そんなわけでもないのねと安心した。 | |
となると、これを書いた八十代の後半にして、いまだ女性にはギョッとさせられっぱなしの青さのある人なのかなあということになり、 俄然、失礼ながら可愛らしいオジイチャマだわと思ってしまうのよね(笑) | |
あとがきにあったエピソードで、ノーベル賞もらったのに本が売れないってぼやいてるっていう話も、こういうとっつきづらい文章の小説書いてて、 なんでそういうことを言うかなあと、なんだか微笑ましくなるしね。 | |
ただ、部分部分では、つい言い回しのおもしろさにクスクスと笑ってしまったりもしたけど、たとえばクロード・シモンに俘虜収容所を脱走して徒歩でペルピニャンまで帰り着いた過去があるとか、そういう 重い背景も断片的に浮かびあがってたりするの。なんと言うのかなあ、読んでいるうちに人生の深さと広がりがかいま見えてくるというか。 | |
文学についてきちんと学んだこともなくて、あんまり難しいことはわからないけど、この作家さんは好きになれそう、と予感させてくれる小説だったよね。 | |
そうなの、切れ切れのストーリーもないような小説のなかに、可笑しさもあり、重さもあり、広がりもあり、これはこっちが勝手に 思いこんでるだけかもしれないけど青さもあり、の作者の姿が見えてきて、でも、この本1冊ではまだまだつかみきれなくて、なんだか、この人のことをもっと知りたいなあと思わせてくれた。 | |
これは短めだし、クロード・シモンの小説のなかでは比較的とっつきやすいほうなんだそうで、 ためしに1冊読んでみたいなと思ってた方にはよろしいのでは? | |
読むんだったら、一回通して読んで、翻訳者さんのあとがきを読んで、その後すぐに、もう一回読むのをオススメします。二回めに読んだときの鮮やかさに、 私は驚いたから。 | |