すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「燃える平原」 フアン・ルルフォ (メキシコ)  <白馬書房(水声社) 単行本> 【Amazon】
フアン・ルルフォ(1918〜1979) 三十代の時に書いた、たった1冊の長編小説「ペドロ・パラモ」 と、たった1冊の短編集「燃える平原」の2冊しか著作のないにもかかわらず、今なおラテンアメリカ文学で最も 重要な作家といわれている。
17編の短編を収録。
おれたちのもらった土地/コマドレス坂/おれたちは貧しいんだ/追われる男/明け方に/タルパ/ マカリオ/燃える平原/殺さねえでくれ/ルビーナ/置いてきぼりにされた夜/北の渡し/覚えてねえか/ 犬の声は聞こえんか/大地震の日/マティルデ・アルカンヘルの息子/アナクレト・モローネス
にえ たった2冊しか著作のないフアン・ルルフォの2冊めです。こちらは短編集。
すみ でもさあ、「ペドロ・パラモ」とはぜんぜん違う印象だったよね。「ペドロ・パラモ」は幻想的、悪夢的な ストーリーの長編だったけど、こっちの短編群は、どれも、なんというか、あまりにもストレートで。
にえ そうだよね、削りに削って研ぎ澄まされた文章というのは共通するんだけど、 こっちはもう現実に肉薄するというか、リアルを通り越して、もうありのままって感じで。
すみ ストーリーの膨らみさえ削ってしまったようだった。最初のうち、かなり戸惑ってしまった。
にえ うん、最初の「おれたちのもらった土地」は、四人の男が喉を渇かせ、疲れ切って、 乾ききった土地をとぼとぼと歩いている話。どうやらその土地は政府からもらった土地で、これから耕して作物を育てな きゃならないみたいなんだけど、とてもじゃないけど植物なんて育てられないような土地。
すみ それで、どうなるっていう先はないのよね。ただ、そんな乾ききった土地をもらってしまったっていうところまで わかったら、話は終り。
にえ 次の「コマドレス坂」は、もう少しはストーリー性があったんだけど。オディロンとレミヒオという トリコって兄弟が地主の土地に一人の男がいるんだけど、どうやらその男をのぞいては、トリコの非道さに耐えられず、小作は全員出ていっ てしまったみたいなの。
すみ トリコ兄弟は、もう亡き人になって、その男一人しかその土地には残ってないんだけど、どうやら、オディロンとレミヒオは それぞれ別の人に殺されちゃったみたいなんだよね。
にえ この話もまあ、そこで終わってしまって、だからなんだということもないの。
すみ 3つめの「おれたちは貧しいんだ」では、上の娘二人が年頃になると、簡単に男に身を任せるアバズレになってしまった 家で、末娘だけはなんとかまっとうな女性になって、ちゃんとした人と結婚したいと願い、持参金がわりの牛を買ったんだけど、その牛が大洪水で流されちゃったって話。
にえ その先の娘の悲惨な末路は想像できるようになっているとはいえ、書かれていることとしては、 ただ牛が流されちゃったってことだけで、それで終りなのよね。
すみ 娘のセリフすらなかったよ。娘がどう考えているとか、そういうのは直接的にはまったく 触れられてないの。
にえ とにかくほとんどの話が、こういう所にこういう人がいて、こういう状況に陥ってますっていうだけで、 そこからストーリーが進んでいくってことはあまりないのよね。
すみ しかも、登場人物たちは、メキシコの乾いた土地にならいくらでもいそうな人たちで、 これといった特別な特徴があるわけでもなく、こちらとしては現実をつきつけられてるだけって感じで、フワ〜っと想像が広がっていくって気には全然なれないの。
にえ どの人も、食うや食わずの生活をしていたり、死と背中合わせだったり、人を殺してしまっていたり、 とにかく1作ずつ読んでいくうちに、どんどん夢も希望もなく生きるしかない、しかもその生にも、ギリギリでしがみついている人たちの 乾きのなかに引きずり込まれていくようだった。
すみ フアン・ルルフォ自身が、干からびた貧しい地の農家の息子として生まれ、 小学校の時に戦乱に巻き込まれて、両親や父親の兄弟などを殺されてしまっているそうなんだけど、この短編集は、 まさにフアン・ルルフォが生きていくうえで肌で感じていたことをそのまま伝える手段のようにも思った。
にえ ラテン・アメリカの農民文学とでも呼びたくなるような。とにかくもう、生活に肉薄しすぎてて、 もうこれは創作の域を超えてて、小説とは言えないんじゃないかってほどなのよね。
すみ 最後の「アナクレト・モローネス」だけはちょっと例外で、ラストに短編小説らしいオチがあるの。
にえ 聖人と慕われた男アナクレト・モローネスにかわいがられ、娘と結婚までしたルカスという男が、 アナクレストを慕う老婆たちの前で、悪態をつきまくる話なんだけど、アナクレストもその娘も、今はいなくなっちゃってるのよね。
すみ 老婆たちは、あんなに素晴らしい人はいなかったといい、ルカスは、あんな悪党の大嘘つきはいなかったと言う。 果たして真相はいかに、というお話。
にえ それにしても、この本を読む前は、どうして著作がたった2冊しかないの〜、もっと読みたいのに〜と 歯がゆくてしかたなかったんだけど、この本を読んだら、なんか納得してしまった。フアン・ルルフォはこの2冊だけで、もう作家フアン・ルルフォという 完成品になってしまってるんだな、みたいな。
すみ 声のない叫びに圧倒されるような本でした。