すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「スパイたちの夏」 マイケル・フレイン (イギリス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
老人となっても、スティーヴン・ウィートリーには忘れられない夏があった。ほぼ60年も前の 第二次世界大戦中、スティーヴンはみすぼらしい家に住む、みすぼらしい少年だった。ひょろひょろとして、 耳ばかりが目立つ、ばかにされがちな少年。スティーヴンはキースの子分だった。キースはウィートリー家の近所にあるが、ずっと 見栄えの良い家に住み、裕福な生活をしていた。二人は通う学校のランクさえもが違っていた。スティーヴンは キースに服従し、キースの思いつくさまざまな計画に参加していた。たとえばキースが、じつはミスタ・ゴートは 殺人鬼なのだと言えば、ミスタ・ゴートを調査して、家の裏にたくさんの骨が埋められているのを発見したし、 あの人が、じつはドイツのスパイなのだと言えば、喜んであの人の跡をつけた。それが知らなくてもいい秘密を あばいてしまうともわからずに・・・。
にえ これは私たちにとっては初マイケル・フレインで、2002年度ウィットブレッド文学賞 小説部門の受賞作です。
すみ カート・ヴォネガットが「マイケル・フレインは私のお気に入りの 英国ユーモリストである」と言ったそうだけど、これはぐっと抑えた雰囲気の小説だったよね。
にえ ノスタルジックで、ゆっくりと、じっくりと進んでいく小説だった。
すみ うん、老紳士によるノスタルジックな回想の語りが、なんともたまらない雰囲気をかもしだしてたよね。 ストーリーだけからすると、もう少し短くしてもらったほうが最後に驚けたかなって気はするけど。
にえ そうなのよね、ひっぱるだけひっぱっておいて最後にすべてがわかるってストーリーなんだけど、 話がゆっくり進んでいくからわりと早いうちに予想が立っちゃって、結果もすべてその通りだったから、衝撃はなかった。でも、謎解きを 楽しむだけの小説ではなかったからね。
すみ 謎のほうはともかくとして、時は第二次世界大戦中、場所はイギリス郊外の住宅地。ノスタルジックで苦みのある、 少年時代のお話です。と聞いて、読みたいと思った人の期待は裏切らないでしょ。
にえ スティーヴンが住んでいたのは、中流よりもちょっと下かなっていうぐらいの 人たちが住む住宅地。キースの家のような、ちょっと瀟洒な建物は目立つけど、すぐ近くには本当に貧しい人たちが住んでいる地区があり、っていう感じの。
すみ キースはまわり近所の家の子供たちを見下して、口もきかないのよね。でも、スティーヴンだけは特別。
にえ 特別といっても、大事な友だちとして扱っているというより、便利な子分として扱ってるんだけどね。 いつだって自分の命令に従わせて、スティーヴンがなにか提案しても、絶対受けつけない。
すみ 父親譲りの傲慢さだよね。キースの父親は働いていなくて、いつも庭いじりとかしているんだけど、 キースとスティーヴンが並んで立っていても、キースにしか話しかけないし、スティーヴンのことを見ようともしないような人。
にえ キースの母親は優しい人なんだけどね。綺麗で、ちょっと身のこなしが優雅で、スティーヴンにも やさしく話しかけるし、お菓子を出してくれたりするし。
すみ スティーヴンにとって、キースの母親は憧れの人なんだよね。読んでる私たちとしては、 ちょっとだけ出てくるスティーヴンの両親はとても愛情深く、きちんとした人たちで、比べて卑下しなくちゃならないようなところは全然ないんだけど。
にえ 少年の目からすると、自分の親は冴えなく見えて、キースの母親のような人はとっても素敵に見えちゃうのよね。 それはすごくわかる。
すみ 他にも近所には、アバズレとまではいかないけど、ちょっと品の良くないお色気を振りまきだしてるベリル姉妹とか、 涎を垂らしながらニタニタ笑っている弟のいる少年とかいるんだけど、キースが一緒に遊ぶのはスティーヴンだけだし、スティーヴンも一緒にいたいのはキースだけ。
にえ 二人は、完全に二人だけの世界を持ってるのよね。二人だけの世界の中では、近所には恐ろしい殺人鬼が住んでいるし、 怪しい謎を持つ人たちの住む屋敷があるし、普通の人を装ったスパイもいる。
すみ 隠れ家もあり、見張り場もあり、二人だけで鍵を持ち合う、大切な物を隠した鞄もあるのよね。
にえ スパイはもちろん、ドイツ軍のスパイ。郊外の住宅地だから、戦争の直接の被害はほとんどないんだけど、 夫が戦争に行っていない家庭もあり、食べるものに困ったりはしていないけど、道に車が走っていなかったりして、日常生活を営む少年たちの想像世界にも、 戦争は暗い影を落としているの。
すみ 二人はスパイだと目をつけた人の跡をつけ、手帳をこっそりと探り、 隠していた物を見つけだす。そのために、自分たちが大切なものを失ってしまうことになるとも知らずに・・・。
にえ そういった出来事が、懐かしい場所を再訪した老紳士によって、苦い悔恨をこめてジンワリと語られていくのよね。
すみ ほろ苦くも美しい小説だったよね。とてもイギリス文学らしい作品だったし。
にえ 大人なら、なんとなく気づいていても触れないようにする他人の秘密を、 そうとは知らずに踏み込み、あばいてしまう少年の戸惑いや動揺の心の機微が、すごく細やかに描かれていて、胸に染みた。
すみ 読んでて、さっさと結論だけ知りたいって思っちゃう人にはオススメできないけど、 このジワジワ感はたまらない人にはたまらないでしょ。とりあえず、イギリス文学が好きな人には、読んでみていただきたいな。