すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「夜鳥(よどり)」 モーリス・ルヴェル (フランス)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
昭和3年に発刊された田中早苗氏の翻訳によるモーリス・ルヴェル(1875〜1926年)の30編 の短編集「夜鳥」(春陽堂)に、同氏による翻訳の1編を加えた合計31編の超短編集。

収録作品=或る精神異常者/麻酔剤/幻想/犬舎/孤独/誰?/闇と寂寞/生さぬ児/碧眼/麦畑/ 乞食/青蠅/フェリシテ/ふみたば/暗中の接吻/ペルゴレーズ街の殺人事件/老嬢と猫/小さきもの/ 情状酌量/集金掛/父/十時五十分の急行/ピストルの蠱惑/二人の母親/蕩児ミロン/自責/誤診/ 見開いた眼/無駄骨/空家/ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海
にえ 大正から昭和初期にかけて日本に紹介され、絶賛されながらも、 戦後には忘れられかけていた作家モーリス・ルヴェルの短編集です。
すみ 巻末に、江戸川乱歩や夢野久作らの解説、というか推薦文までついて いて、文庫本ながら贅沢な感じの本だったよね。
にえ もともとの田中早苗さんの古くも美しい文章に、めいっぱいルビをつけたり、旧漢字を 常用漢字に置き換えたりして、読みやすくなっているけど、味わいはシッカリ残ってて、うっとりしちゃった〜。
すみ モーリス・ルヴェルは当時、フランスのエドガー・アラン・ポーとも呼ばれ、 もてはやされたそうだけど、今読むとまあ、古さのためか稚拙っぽく感じなくもないし、ポーと比べちゃうと、 あきらかに格下って気はするけど、まあ、これはこれで楽しめた。
にえ うん、なんか大正から昭和初期にかけての文学青年になったような気分で読めたよね。 読んだあと、文学青年の集うカフェかバーに行って、仲間とルヴェルについて熱く語り合いたいって感じ。
すみ まあ、ハッと驚くべきところで、今の時代の読者では、ヤッパリなってぐらいで驚けなかったりは するんだけど、時代の匂いはめいっぱい嗅げて、そこで充分楽しめるよね。
にえ どんな感じの話かというのは、なんと牧眞司氏が巻末の解説に31編すべての さわりを簡潔で的を射た文章でご紹介くださっているので、私たちはいくつかピックアップするだけにとどめましょ。
すみ それにしても、豪華な巻末。ルヴェルが日本でどんな風に紹介されたかとかも いろいろ書いてくださってて、これだけ充実した文庫の巻末は、そうはないよね〜。
にえ 収録中の1作めが「或る精神異常者」。芝居や見世物の道楽をしつくして、 突発事故にしか興味のなくなった男が、自転車で綱渡りをする曲芸師の転落を待ち望み、日参するという話。 この作品に限らず、残酷な結末が多いのが特徴。
すみ ちなみに、古い翻訳文をなるべくそのまま残しているので、 差別用語もチラホラ出てくるんだけど、これはしょうがないよね。へたに替えられると、翻訳文の美しさが台無しになっちゃう。
にえ 「幻想」は、金持ちになりたいと願っていた乞食が、盲目の乞食に出会い、 金持ちの紳士と間違えられるという話。乞食とか、娼婦とか、泥棒とか、社会の最底辺の暮らしをする人々が 主人公の話が多いのも特徴。
すみ 悲惨な生活から、抜け出そうとするけど、社会の壁にぶつかって、 哀れな末路となったり、自らの死を選んだりすることになるのよね。
にえ 「麦畑」は、麦狩りをする作男のもとに、作男の妻が地主の旦那と浮気をしていると 母親が告げに来る話。妻が浮気をして、夫が逆上って話も多かった。
すみ ルヴェルの場合、だいたい罪は死をもって精算されるのよね。
にえ 「青蠅」は、刺殺された女の屍体のそばで、尋問を受ける男の話。 男は、自分はやっていないと言いはるのだけど・・・。こういう殺人事件ものもいくつかあった。
すみ 罪を犯した者のひた隠す恐怖と、耐えられなくなっての狂気っていうのも、 好んで使われたテーマみたいね。
にえ 「自責」は老検事が若かりし頃、罪のない者を断頭台へ送ってしまったという 自責から、エリートコースを邁進していた人生を狂わしてしまったお話。
すみ こういう罪深い過去を引きずって、老境まで至ってしまった男の話も いくつかあったよね。これまた、皮肉な結末を迎えることが多いんだけど。
にえ 断頭台へと向かうことになる人、だれかを断頭台に送った人、断頭台の 露と消えた死刑囚の家族、と断頭台がやたらと出てくるのが、時代だな〜って感じ。
すみ 食えないところまでいく貧しさとか、突然の狂気の末の惨劇とか、 けっこう悲惨な話が多いよね。でも、さらっと書いてあるから、読んだ印象は皮肉ってところでとどまるんだけど。
にえ 裏返してニヤリと笑う残酷さに満ち満ちているようで、なんかストレートで不快感を呼ばない。 このへんが魅力かな。
すみ 江戸川乱歩がポーは大人だけど、ルヴェルは少年、それが魅力っていうようなことを書いてて、納得しまくっちゃった。 いろいろ足りなさは感じるんだけど、それもまた魅力なのよね。それにしても、こういう本はたまに出していただけると、嬉しいものですね。