=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「森の小道・二人の姉妹」 シュティフター (オーストリア)
<岩波書店 文庫本> 【Amazon】
<森の小道> 私の友人ティブリウスは、本当の名前をテオドール・クナイクトというが、だれも本名では 呼ばず、ふざけた音の響きがするティブリウスという名で呼んでいた。ティブリウスは馬鹿者だった。彼の父も 馬鹿者だった。両親と叔父から多額の遺産を残されたティブリウスは、家にこもって人にも会わず、ひたすら 自分が病気だと信じて、病気について書かれている本を読んでいた。 <二人の姉妹> 駅馬車で乗り合わせたリカール氏は、青白い顔をして、ずっと黒服を着ているので、私たちはひそかに パガニーニという綽名で呼んでいた。パガニーニというのはもちろん、世界的に有名なヴァイオリニストのことだが、 見かけが似ているというだけで、べつにリカール氏に音楽的才能を認めたからというわけではない。私はウィーンで偶然にも同じホテルの隣どうしの部屋となり、 ずっと年上のリカール氏と親交を深めることとなった。 | |
私たちにとっては、やっと2冊めのシュティフターです。 | |
中編小説が2編入ってるんだけど、どちらも期待通りだったよね。シュティフターの世界に心地よく浸った〜。 | |
2編とも恋愛ものなのよね。恋愛ものといっても、激しい駆け引きどころか、 わずかながらも男女が睦み合うシーンすらないし、別れたりくっついたり、感情をぶつけ合ったりとする起伏もないし。 | |
礼儀正しく距離を保って、少しずつ相手を見極めていく、それだけなのよね。 | |
本当になにもないから、そういうのを期待されちゃうと困るんだよね。でも、素敵なの。読んでて引き込まれるばかりで、 飽きることはないの。 | |
本当に清らかだよね。シュティフターだから、むしろストーリーの起伏がないことを期待して読んだんだけど、 期待通りだった。すっかり安心して、感情もなにもかも、頭の中を全部まるごと預けてしまうような気持ちで読めたな。 | |
この清らかさの心地よさは、やっぱりシュティフターの描く自然の美しさが背景にあるからだろうね。 | |
シュティフターの描く自然は、厳しい美しさだよね。切り立った崖があり、 流れのはやい渓流があり、やがて凍てつく冬が訪れる。厳しい自然のなかの最も美しい時期にハッとさせられる、そういう美しさ。 | |
そういう美しさを、華やかさとは無縁な、慎ましやかな言葉で語っているのよね。 こちらに押しつけてくるものはなにもなくて。だから読んでて心地よいのかな。 | |
「森の小道」のほうは、最初はちょっと、あれっと思ったよね。馬鹿者、馬鹿者って繰り返し出てくるから、 あら、なんだかおもしろげな感じなのかしらと思ったんだけど。 | |
自分が病気だと信じて、病気の本を読めば自分に当てはまってると信じるティブリウスが、 ちょっとユーモラスに語られてたよね。 | |
それから、ティブリウスと仲良くなる、同じく馬鹿者と噂される医者をやめちゃった人も、 ティブリウスに温泉場に行けば、美しい娘を伴った父親や母親、祖父母がいる、そこで結婚相手を見つければ病気が治るなんて助言をするしね。 | |
そこで、あくまでも病気を治すための湯治として温泉に行くことにしたティブリウスが、 ちょっとだけ身繕いをしてでかけるところも、うっすらとユーモラスだった。 | |
温泉地に行ってからは、華やかな湯治場のことではなく、湯治場の近くにある、入れば迷ってしまうような 深い森の話になるのよね。ここからはもうシュティフターの世界にどっぷり。 | |
今回は文庫なのにシュティフターの描いた絵もところどころに入れてくれてあって、 挿し絵じゃないから物語と直接は関係ないんだけど、シュティフターの自然のとらえ方をつかみやすくなってたな。 | |
ティブリウスはマリアという、父親と二人暮らしの女性と知り合い、森を案内してもらううちに 心惹かれていくの。 | |
マリアがまた、男の人の気を引こうなんて気のまったくない、そっけないほど清らかな女性なのよね〜。 | |
もうひとつの「二人の姉妹」は、ひょんなことから旅先のウィーンで病気になった老人の世話を焼くことになり、 その老人の娘二人と出会う話。 | |
これがまた、あとから会いに行くのがイタリアの、岩のゴツゴツした厳しくも美しい自然のなかにある一軒家で、 行くまでの道程でも、家に着いてからの情景描写でも、厳しい美しさを堪能できるのよね。 | |
逞しく農業に励んで一家を支えようとしている姉と、音楽を愛し、精神的な脆さのある妹、二人の姉妹のどちらに 主人公は心惹かれるのか。 | |
「森の小道」のマリアも、「二人の姉妹」の姉も、たおやかって感じではなく、潔く凛々しい純粋さなのよね。 どちらも厳しくも美しい自然とみごとなまでに調和していた。 | |
あえて難を言えば、1冊の本の中の少ない登場人物のなかに、3人もマリアって名前の女性がいたことかな。 ちょっとだけ混乱しそうになったりもしちゃった。でもいい、小説が清々しく美しければ(笑) | |