すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「パヴァーヌ」 キース・ロバーツ (イギリス)  <扶桑社 単行本> 【Amazon】
1588年、イギリス女王エリザベスT世が暗殺され、イギリス、そして世界はローマ・カトリック教会 の支配下に入った。すべてが法王を中心にしてまわり、意にそぐわないものはすべて弾圧され、消し去られた。 20世紀になっても、法王の支配が弱まることはなかった。テクノロジーの発達はすべて法王によって阻止され、 人々の暮らしはいまだ電気やガソリン燃料という恩恵を受けず、旧態然としたレベルのまま、不可思議な発達を遂げていた。
にえ これは、SF小説のなかでも”IFもの”と呼ばれる、「改変された世界(オルタネイト・ワールド)」が テーマの小説です。
すみ もし、歴史上の戦争で負けたはずのあっちが勝ってたら、その後の世界はどうなっていたか、とか いうのがIFものよね。私たちが前に読んだフィリップ・K・ディックの「高い城の男」もそうだったけど。
にえ この本では、16世紀頃の、とにかく異分子、異文化、異宗教ってものを いっさい赦さなかった時代のローマ・カトリック教会に世界が支配され、長いことそのままになっていたら20世紀はどうなっていたかっていう”IF”なのよね。
すみ でも、素晴らしいことにこの本では、ああなってこうなってと頭が痛くなるほどややこしく説明するんじゃなく、 その世界に生きる人々、その世界であった出来事を語っていき、すんなりと私たち読者を小説世界に導いてくれてるの。
にえ とにかく情景が目に浮かぶような美しい描写と、過酷で、でもどこからロマンティックなストーリーが夢中にさせてくれたよね。 濃厚な香りに酔いしれた〜。
すみ あとねえ、本編の6章+結びの最終章に分かれてるんだけど、前半の3章を読んでるあいだは、この仮想世界を舞台にした 連作短編集なのかなと思ったのよね。でも、後半に入っていったら、じつはすべてが一つにつながってるんだとわかって、それもまた、なんて美しくまとめてるんだろうと感激した。
にえ 最初の章では、この本、最後まで読めるかな〜と不安にならなかった? けっきょくは予想してなかったラストでノックアウトされたんだけど(笑)
すみ 舞台は仮想世界の20世紀、テクノロジーが発達していないがために、いまだに走ってる石炭が燃料の機関車の、 貨物機関車の会社<ストレンジ父子商会>の跡取り息子ジェシーのお話なのよね。
にえ ジェシーは大学まで行ったんだけど、自分はやっぱり機関車で働きたいと強く思い、 戻ってきて、いち機関手として働くようになった青年。
すみ ジェシーの乗ってる機関車は<レディ・マーガレット>という名前。じつはこれ、 ジェシーの憧れの君、ずっと年上の居酒屋の女店主マーガレットの名前からとってるのよね。
にえ その居酒屋で、ジェシーは大学時代の旧友と再会し、楽しく酒を飲むことに。 で、その帰り、旧友を自分の機関車に乗せて走らせているところに、「野盗」がやってくるの。さあ大変(笑)
すみ 「野盗」っていうのは、旅する人を襲う盗賊団なのよね。昔はいた、そういう地方の 犯罪集団がいまだに滅びず、残ってるってわけ。
にえ そんなことより、ジェシーの乗っている機関車のほうが驚くよ。走ってるのは線路じゃないんだよ。 線路のないところを走れちゃうの。
すみ じっさいに、かつてイギリスではそういう機関車があったのだそうな。知らなかったよね。 この本って、なにげにそういう知識をフル活用して書いてあるのよ。
にえ ふたつめの章のお話も、そういう知識をうまく利用して書いてあるよね。やっぱり、過去の一時期に 本当にあった信号塔のお話。
すみ 信号塔っていうのは、間隔を開けて建っている高い塔のうえで信号手が腕木を操作して、 それを次の塔の信号手が望遠鏡で読み取り、また次の信号塔へと腕木による信号で伝えていくという情報伝達手段なのよね。 なにせ電気も電話もない世界ですから。
にえ 信号手は法王でさえ口出しできない、権威のある特殊な職業なのよね。難しい試験と、 厳しい養成期間でバシバシしごかれ、絞られちゃう本当に優秀な人たちだし。
すみ しかも、世の中は旧態然としてるから、職業はすべてギルドによってがんじがらめになってて、 しかもそれぞれの地方は国王が定めた領主が治めてるって世界だから、普通の人が信号手になりたいと思ってもなれないのよね〜。
にえ ところが、エイヴベリ村という地方の小さな村に住むレイフという少年が、 信号塔を憧れの目で見ているうちに、信号手の軍曹に声をかけられ、その人の好意で信号手になれることにっ。
すみ 長くなってきたから端折るけど、3章では、石版印刷の工房で働く、 発明好きの修道士ジョンの急展開する人生が、そして4章では、気まぐれで粗野な領主の息子に誘拐されるみたいにして、領主の屋敷に 連れていかれた少女の恋物語が、と続いていきます。
にえ 領主の息子は、なんと蒸気で走る自動車に乗ってるのよ。これもまた過去の一時期に 本当にあったものを再現してるらしいんだけど。とにかくそういう小物から、大きなストーリーの流れまで、独特の雰囲気作りが完璧な小説でした。
すみ 無関係だと思っていたそれぞれのお話が、じつは登場人物たちによってつながっていき、そして怒濤のラストへ。文句なしにおもしろい小説でした。