すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「驚異の発明家(ヱンヂニア)の形見函」 アレン・カーズワイル (アメリカ) <東京創元社 単行本> 【Amazon】
1983年、わたしはパリの骨董品オークションで印象深い函を手に入れた。手には入れたものの、これがなんであるか知らなかったわたしに、 一足遅れでその函を手に入れそこねたイタリア人が、その函がなんであるか、そしてその経歴を教えてくれた。それは産業革命以前の18世紀末、 フランスで、自動人形の開発に心血をそそいだ悲劇の天才、自動人形の発明家の「形見函」だった。わたしが開けてみると、10の仕切りのなかには、 それぞれ広口壜、鸚鵡貝、編笠茸、木偶人形、金言、胸赤鶸、時計、鈴、釦が入っており、最後のひとつだけは空のままだった。発明家の名前は クロード・パージュ。クロードは少年時代に、ジュネーヴの外科医によって右手中指を故意に切り落とされていた。
にえ 続篇的な存在の2作めの邦訳も決まっているという、アレン・カーズワイルのデビュー作です。
すみ 期待させるタイトル、期待させる書き出しだったよね。骨董品コレクターである”わたし”が、 オークションで偶然見つけた函を手に入れ、その函が形見箱であることを知る。
にえ 形見函っていうのは、18世紀末から19世紀初めにかけてスイスと フランスの一部だけで流行った、自分の一生のうえでの決定的瞬間、転機となる瞬間にまつわる品物を入れておく、 物による個人史の記録みたいなものなのよね。
すみ ”わたし”は、あるイタリア人から聞いた話と、その形見函に入って いた9個の品物とひとつのからの仕切りから、形見函の持ち主だった天才発明家クロード・バージュの人生の物語を紡ぎ出すの。 いいじゃない、ワクワクしちゃう。
にえ ただ、「発明家」ってところには、あんまり期待しないほうがいいかもね。 自動人形の発明家で、しかも「ヱンヂニア」なんてフリガナまでつけて強調されてるとなると、どうしても自動人形が完成され、改良されていく経緯や 人々の反応が緻密に、濃厚に書かれているのかと期待しちゃうんだけど。
すみ 意外とそれについてはこざっぱり、細かくも長くもなく、ささっと書かれてるだけなのよね〜。
にえ じゃあ、なにが書かれているかというと、クロードの師弟関係や交友関係、恋愛遍歴、 それから18世紀末の博物学、キリスト教社会の裏で花開いてた性文化について、等々なんだけど、そっちもそれほど 深く掘り下げては書かれてなかったりして。
すみ うん、5年もかけて調べあげて書いたってだけあって、丁寧だし、話題豊富なんだけど、 どれに焦点が絞られることもなく、淡泊な味わいだったよね。
にえ ただまあ、なにも期待せず、サラサラっと読むぶんには、なかなかおもしろい物語ではあったんだけど。
すみ 深く印象に残るものがないにせよ、興味深い内容がたくさん出てきたし、18世紀末に タイムスリップする楽しさはあったよね。時たま出てくる、悪ふざけがすぎるような文章運びも、とてもおもしろかったし、なんといっても最初から 最後までがすごく美しくまとまってるし。
にえ 18世紀末の物語は、クロード・バージュの少年時代から始まるの。クロードは 優れた時計職人だった父が7才のときに旅先で亡くなって、それからはフランスの片田舎で母親と、姉と妹の4人暮らし。
すみ 母親がなかなかおもしろい人なのよね。植物にとても精通してて、さまざまな薬草を採取して 村人たちの役に立てているし、植物を育てることをなによりも生き甲斐に感じている人。ただこの本の中では必要最小限なことしか 喋ってないから、人となりはイマイチわからないんだけど。
にえ で、クロードには生まれたときから、右手の指のあいだに不思議なコブがあって、 それがなんと国王の顔によく似てるの。コブのおかげでみんなにチヤホヤされるクロードは、さらにみんなの注目を浴びようと、 コブが痛いなんて言っちゃったために手術で取り除くことに。
すみ ジュネーヴから外科医が呼ばれるのよね。それを手配したのが、この地域の領主である 尊師(アペ)と呼ばれる老人。
にえ 尊師は親から多額の遺産を受け継いでて、とにかく植物学、動物学、などなどあらゆることを 研究し、精通しているし、親切で教え上手な人。ただし、元宣教師なんだけど、なぜか今は大のキリスト教嫌いで、かなりの変わり者なのよね。
すみ コブだけを取るはずの外科医は、自分の研究コレクションに加えるために、 コブと一緒にクロードの中指も切り落とし、挙げ句の果てに持って逃げちゃうの。
にえ 責任を感じた尊師はクロードの面倒を見てやることにするんだけど、そこでクロードの才能に気づくのよね。
すみ クロードは自分の手習い帖に、身のまわりの人を題材にした風刺漫画のような、 おもしろい絵をいっぱい描いてるの。それがすごく上手で、才気に溢れてて、尊師は指一本なくしたためにクロードがこの才能をなくしては大変だと気づくのよ。
にえ さらに尊師は、クロードが絵が上手なだけでなく、手先が器用で、しかも、とても頭がよいことにも気づくのよね。 こうしてクロードは尊師の屋敷に引き取られ、才能を開花させる手ほどきを受けることに。
すみ でも、尊師のところは豊かに見えても、じつは財政が逼迫してて、クロードは教育を受けながら、 裏にエナメルでエッチな絵が描いてある細工時計の絵を描かされることにもなるのよね。
にえ そこにはアンリっていう鈍い少年がいたり、マリー=ルイーズっていう腕の優れた女料理人がいたり、 さらにはパリに舞台が移ると、美食家の御者や世話焼きの三文文士、剥製師や、強欲でずいぶんと変わった性格の書籍商なんてのが登場したりして、 興味深い登場人物はたっぷり出てくるの。
すみ ということで、もう一歩踏み込んでくれたら、さらにおもしろくなるんだけどな〜というところで足止めをくらいまくる感は あるけど、そういうことさえ考えなければ、とてもよく書けた、おもしろい小説でした。あとはお値段とご相談を(笑)