すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「宮殿泥棒」 イーサン・ケイニン (アメリカ)  <文藝春秋 文庫本> 【Amazon】
バッド・ボーイ(不良少年)がヒーロー視されがちなアメリカでは、あまり評価されないグッド・ボーイ(優等生)たちの 人生の断片を描く4編の中編小説集。
にえ 未読だった本が文庫本になったので読んでみました。
すみ 表題作が映画化されたらしいよね。
にえ 説明もなしにいきなりで申し訳ないんだけど、これはスンゴイ、スンゴイ良かった。 こんなに素晴らしい本を読み逃していたなんて! そして、文庫にしてくれてありがとう!! 読んで良かった〜っ。
すみ あらま、これは是が非でも私が先に絶賛してやろうと思ってたのに、言われてしまった(笑)
にえ へへへ。叫んではみたものの、どこから誉めましょうか。まずねえ、短編小説、 中編小説っていうと、短い話の向こうに、どこまで世界が広がってるかってところだと思うんだけど、これがもう長編小説なみの広がりで、 しかも、読んでて実感できる、シックリくる感触があるの。
すみ うんうん、たとえば奥さんとか、お母さんとか、ちょっとだけ出てくる脇役の人たちが、 どこかにいそうなんだけど、ちょっと変わった人だったりして個性があって、そういう人に対する主人公の感慨や接し方が、それだけで ひとつ小説が書けちゃうだろうなってぐらいの深みと味わいがあったりするのよね。
にえ むりのないリアルさは主人公をめぐるストーリーにもあって、どのお話も とんでもない大事件が起きるわけではなくて、ちょっとした、どこかでありそうな、でも聞いたことがないようなことが起きて、 それがクライマックスっていうのではなくて、主人公のこれからの人生に影響を与えていくんだろうなと先を想像させてくれるような、 どれもそういうお話なの。
すみ 読後感がまた素晴らしいのよね。衝撃はないんだけど、胸の深いところにジンと来て、 しばらく遠くを見つめたくなっちゃうの。
にえ お話はどれも、大出世したり、天才だったりと、スポットライトを浴びまくる人の 影とならざるを得ないような、コツコツと努力するしかない、真面目だけが取り柄で生きてきたような人たち。
すみ そういう人が、傷ついたり、悩んだりしながら生きていくんだけど、同情してほしいとか、 あなたの町にもこんな小さなヒーローはいませんか?的な、ちょっといいお話だったりはしないんだよね。もっと切実で、せつなくて、 でもイジケてはいなくて。
にえ そうそう、イジケてはいないのよね。時にはご立派な人たちと自分を比べてしまうけど、 背筋を伸ばしてちゃんと生きてるし、目立たなくてもやっぱり光ってて。だから、せつなくてもどこか爽々しい気持ちにさせてくれるの。
すみ ああ、なんでこんな胸に染みるお話を4つも書けちゃうんでしょう。何度でも読み返したくなる本です。まだ読んでない方には、超オススメ!!
<会計士>
ひたすらまじめに努力をして会計士となった私は、常に幼なじみのユージーン・ピーターズを意識してきた。 ユージーンは私が勉学に励んでいたあいだ、自動車部品の販売代理店に職を得て在庫管理として働きながら、 気楽に青春を謳歌していたようだった。ところが、私が会計事務所で少しずつ昇進しているあいだに、ユージーンは あるちょっとした発明によって、四つの工場といくつもの小売店のチェーンを所有する大社長となっていた。
にえ 主人公も順調に出世を遂げた成功者なの。でも、ユージーンの成功と比べるとあまりにもちっぽけで、 成功を素直に喜べないんだなあ。
すみ ユージーンが事業をはじめる前、主人公がまだ新米の会計士だった頃、 ユージーンは主人公に投資してくれって持ちかけてるのよね。その時、信じてお金を渡してたら、主人公の人生も違ってたんだけど。
にえ 主軸のストーリーも良かったけど、主人公が奥さんとの結婚を決意したエピソードも良かったな。 結婚するまで、二人の女性とつきあってて、どっちにしようかと迷うんだけど。
すみ それだったら、二人の娘のことについて書かれてるところが良かった。 長女は金遣いが荒くて、無愛想。次女は堅実だし、思いやりがあるの。でも、父親である主人公は、長女の方を より愛してるのよ。
にえ 妻の外食の話とか、娘に馬をかってやったときの話とか、とにかく エピソードが秀逸だったよね。
すみ 一生懸命努力して、こうなろうと思う方向に進んでいった人生だけど、望んだ通りじゃなく なっちゃった部分に幸せがあったりするのよね〜。
<バートルシャーグとセレレム>
ウィリアムの兄クライヴはいわゆる天才肌だった。高校の数学コンテストでは次々に勝ち進んでいくほどの知力を持ちながら、 親友のエリオットとはおかしな言語を開発して他の人々を煙に巻き、マリファナ煙草を吸いながら流行のロックにも精通する。 それに、かわいいガールフレンドまでいた。母さんは二人とも天才だと言うけれど、僕はクライヴが天才で、自分は凡人だと 早くから知っていた。
にえ これもまた、世の中にちょっとだけ過剰に反応してしまう両親の話がチラチラと散りばめられていて、 そこがまた良かった。
すみ 父さんとウィリアムの会話がいい感じだったよね。ウィリアムは父さんを「船長」と呼び、 父さんはウィリアムを「水兵」って呼んでるの。気軽に会話してるようなんだけど、たがいにちょっとだけ気を使いあってて、 そこがなんともせつなかった。
にえ ウィリアムも、じつは楽しいお話をでっち上げる才能があって、非凡なところも見せるんだけど、 あまりにも兄のクライヴが目立ちすぎちゃって、ただの凡人に成り下がっちゃってるのよね。
すみ そこで僕だって、と我も張らず、それはそれで自然な感じで暮らすようにしてて、 でもやっぱりどこかで必死に自分のいる場所を見つけようとしているウィリアムがなんとも愛しかったな〜。
<傷心の街>
会社の上司に妻を奪われ、独身の身となったウィルソン・コーラーは、遠くの大学にいる息子のブレントが 会いに来てくれることをなによりも楽しみにしていた。
にえ ウィルソンは普通の中年の男なの。何人かの女性とつきあうことができるぐらいの魅力はあるけど、 スマートな恋愛、スマートな会話ができるほど男っぷりがいいわけでもなくって感じで。
すみ その点、息子のブレントはとにかく女性たちにとって、男の鏡みたいなところがあるのよね。 見るからに誠実そうだし、会話をすれば、自分の話よりも相手の女性から多く話を聞き出そうとするし、 変な照れもなく、女性の痛みをわかろうとストレートに努力してて。
にえ とにかく、めったにいないような男性なのよね。女性からすぐに信頼を得られるし、 本人もそれに応えようとする。なんでそんな男性が自分の息子なのかと何度も首をひねるウィルソンの気持ちはわかる気がした。
すみ 妻に捨てられたことに傷ついた気持ちを心の底に持ち続けながら、フレンドリーな父親を装いつつ、ブレントと もっと近しい関係になりたいと願うウィルソンにホロッと来たよね。
<宮殿泥棒>
名門男子校である聖ベネディクト校で45年間、少年たちに歴史を教え、副校長として少年たちの精神にたいして 奉仕してきたハンダートには、苦い思い出があった。41年前、ハンダートがまだ新米教師だった頃、聖ベネディクト校にセジウィック・ベルという 少年が入ってきた。政治家を父に持つセジウィックは、がたいも大きく、声も大きい押しの強い少年で、教師を小馬鹿にする度胸もある、 筋金入りの不良少年だった。もちろん、セジウィックにも正しい道をしめそうと努力はしたのだが・・・。
にえ これは名門校の堅物ってぐらいまじめな教師と、カリスマ性のある不良少年の41年前の学校での出来事と、 41年後に大人同士になってからの出来事のお話。
すみ 学校のでの凌ぎあいっていうの? 生徒をきちんと躾たい教師と、逆らって自分を認めさせたい 不良少年との見えない部分の力の小競り合いみたいの、わかるな〜。
にえ 教師のほうは、名門校の教師という誇りがありながらも、多額の寄付によって成り立つ 名門校にいるという自覚もあり、不良ぶっててもけっこう人一倍、大人のそういう部分を汚いと感じる敏感さが少年のほうにはあったりして、 なかなか難しかったりするのよね。
すみ そういうのを感じとっちゃった教師は、生徒になんて言えばいいのか、難しいね。そんな未消化の関係のまま終わった教師と生徒が、 再会して、その続きを始めようとするんだけど。生徒のほうはその後、立派な政治家となっててね。
にえ 教師のほうはずっと変わらぬ態度で生きてきて、人生も終わろうとしている。生徒のほうは成功を勝ち取る知恵も身につけた大人になってる。 学校時代とは別の意味でまた擦れ違っちゃってるのよね。
すみ でも、ハンダートの教師生活45年は無駄ではなかったし、充実していたんだとホッとするラスト。ということで、 ホントにどれも胸に染みる、いいお話ぞろいでした。