すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「狩人の夜」 デイヴィス・グラッブ (アメリカ)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
1930年代の大不況時代、少ない賃金の金物屋で働くベン・ハーパーは、銀行の金に目がくらみ、 銀行員二人を殺して一万ドルを盗んだ。強盗犯として逮捕されたベンは絞首刑となったが、逮捕される前に 9才の息子ジョンと4才半の娘パールに、盗んだ一万ドルを託していた。父親との約束を守って母にも秘密を 打ち明けず、一万ドルの隠し場所を胸に秘めたジョンとパールの前に、やさしい笑みを浮かべた伝道師が現れた。 伝道師の名前はハリー・パウエル、右手の指にはLOVE(愛)、左手の指にはHATE(憎悪)と入れ墨をしている。 ハリーの目的は、ベンの遺した一万ドルだった。
にえ この小説は、1953年に発表されて、サイコ・ホラーの古典、モダン・ホラーの原点的な作品として、 今も研究書が出たりしてるんだそうです。
すみ 私たちにとっては、スティーヴン・キングの「アトランティスのこころ」で、 老人テッドがボビー少年に残していった4冊のペーパーバックの中に、この「狩人の夜」が含まれていたのが印象に残ってるよね。
にえ 読んでないけど、スティーヴン・キングは「人狼の四季」って本をデイヴィス・グラッブに 捧げているのだそうな。
すみ もちろん、今となってはもっとえげつない、恐怖を最大限に引き出すことを 目的としたホラーが、とくにアメリカで大量に発表されてるわけだから、読んで受ける恐怖ってだけで考えると、この小説も 今さらってことになるんだろうけど、もっと違うところでおもしろかったよね。
にえ うんうん、アメリカのサイコ・ホラー小説ですよって渡されたとしたら、 ものすごく違和感を持ったと思う。その違和感のもとが、むしろおもしろかった。
すみ 殺人狂は、けっこう典型的なタイプなんだけどね。自分では神の意志に従っていると信じている伝道師。 熱心な態度のうえに愛想も良くて、まわりの人々には好かれているけど、じつは布教のためと称して金欲しさに今まで何人も結婚したがっている 未亡人を殺してきた男。
にえ 指の入れ墨が不気味で、殺人鬼としての演出は満点だよね。指に入れ墨って私は指先の指紋のあるところに ひとつずつ入れ墨がしてあるのかと一瞬思ってしまったけど、表紙の絵を見て納得(笑)
すみ その伝道師ハリー・パウエルが、車を盗んだ罪で投獄されたときに強盗殺人犯 ベン・ハーパーと知りあうんだけど、ベンの妻ウィラと二人の子供の前に現れたときには、刑務所の教戒師だったから、 ベンと知りあったんだと嘘をつくの。
にえ 愛想よく町の人々に近づいたパウエルは、すぐにみんなの信頼も得て、 ウィラはいつしか再婚相手として、パウエルを意識しはじめるのよね。
すみ でも、二人の子供たちのうちのジョンだけは、パウエルが金目的で近づいてきたことを見抜くの。
にえ ジョンの父ベンは、つかまる前に一万ドルをジョンに託すんだけど、ジョンはそのとき口止めされて、 そのことを母親のウィラにさえ話せないのよね。
すみ まわりの人は気づかないけど、パウエルはしだいに本来の狂鬼の姿を現しはじめ、 ジョンはパウエルの魔の手から逃げまわることに。
にえ となると当然、読んでるこっちは、まわりの人にわかってもらえず、逃げまわる ジョンの気持ちになって、息つまる思いをしながら読むことになりそうなんだけど・・・。
すみ 意外と息がつまらなかったのよね。ジョンとパウエルの攻防だけに焦点が絞り込まれてなくて。
にえ そうなの、それほど長々とはしてないんだけど、いろんな登場人物の心理へ 焦点が動いていって、それが妙に説得力があるから、読んでて気持ちがあっちこっちに逸れていくの。
すみ ウィラに親切にするアイスクリーム店の夫婦ウォルトとアイスィなんて、 とくに印象的だったよね。ウィラの幸せを願っているようで、ウィラの心の細かいところになんてまったく目のいかない アイスィと、おかしいなと気づきながらも、アイスィに逆らわないことが夫婦円満の秘訣と心得るウォルト。
にえ 最後のほうで示した二人の態度が、なんとも言えなかったね。こういう反応が、ある意味 ふつうの人の反応なんだろうなと納得してしまうし。
すみ 最後のほうといえば、パウエルに惹かれて、パウエルこそが自分の運命の人だと信じこんでしまう 少女ルビーなんて、パウエルより怖いぐらいだった。
にえ ジョンの強い味方かなと思われた老人バーディも、思わぬ方向に進んでいったよね。
すみ 孤児を引き取って育てる老婦人レイチェルにはホッとさせられたし。なんか脇役的な登場人物たちの 姿があれこれ浮かび上がっていくと、普通に幸せになろうとして暮らしている人たちのなかに、パウエルというとんでもない異分子が迷い 込んでしまったんだなとあらためて思わされた。
にえ 子供の恐怖を理解するレイチェルの祈りの言葉と、それに呼応するようなジョンが最後にみせた心の中の動きが、 余韻として深く残ったな。単なるサスペンスではなかった。
すみ たしかにスティーヴン・キング作品に通じるものがあるなと納得したしね。古典ってだけじゃなくて、読んでみて よかったと思える1冊でした。