すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「リヴァイアサン」 ポール・オースター (アメリカ)  <新潮社 文庫本> 【Amazon】
ウィスコンシン州北部の道端で、一人の男が爆死した。どうやら、製作中の爆弾が暴発してしまったらしい。 作家であるピーター・エアロンは、この男が自分の親友ベンジャミン・サックスであることにすぐに気づいた。 さらにピーターは、サックスこそがこのところ騒ぎを巻き起こしている爆弾犯、自由の怪人であることも知っていたが、 FBIには知らせなかった。ピーターはすべてが明るみに出る前に、サックスについて書くつもりだった。心やさしき作家仲間サックスが、 なぜ爆弾犯となってしまったかについて。彼の本当の狙いが何だったのかについて。
にえ ポール・オースターの「リヴァイアサン」が待望の文庫化ということで読んでみました。
すみ ちょっとおもしろい設定だったよね。語り手であるピーター・エアロンは、 かなりポール・オースター自身に似かよってて、読んでる私たちは、これってオースターそのもの? じゃあ、この 小説も実話?って気にさせられるの。
にえ 職業は作家で、フランスでしばらく暮らしてからアメリカに戻ってきて、前の奥さんとのあいだに 息子がいて、再婚した相手とは娘がいて・・・って、ほぼ同じ経歴なんだよね。
すみ 時間的なものもきっちりあってるみたい。この小説の主人公ピーターがサックスと出会うのが、ピーターがフランスから帰ってきた半年後で、 1990年の15年以上前ってなってるから、オースターのプロフィールにある、フランスから帰ってきたのが1974年ってのにピタッと合うのよね。
にえ サックスとは、ウェストビレッジのバーで初めて会うの。そこで合同朗読会が開かれるはずだったんだけど、 大雪のために中止。客は来なくて、来たのは作家の二人だけ。
すみ 二人はすっかり意気投合して、友達になるのよね。その後、ピーターは奥さんとの関係がダメになって、 それを精神的に支えてくれるのが、サックスとその奥さんのファニー。
にえ オースター作品らしく、助走は緩やかだよね。小さなエピソードの積み重ねの中で、少しずつ サックスの人となりがわかっていって、親近感がわいてくる感じ。
すみ サックスは表面的には陽気で、開けっぴろげで楽しい人みたいなんだけど、 内面はもっと複雑なんだよね、読んでいくとだんだんわかってくる。
にえ 事実にちょこっと虚飾を加えて話すのは、作家らしいといえば作家らしいんだけど、 サックスの場合は、もっと露骨にというか、かなり隠しちゃってるよね。
すみ うん、たとえばベトナム戦争の時に徴兵拒否して投獄されたときのことなんか、 けっこう楽しげに話してるんだけど、事実はかなり違ってて過酷だったみたい。そういう辛かったことや悲しかったことは 話さずに心の底に溜めこんでいく人なの。
にえ 奥さんのファニーも、思いのほか複雑な人なんだよね。仲よさげな表面と違って、 内心ではサックスの裏切りを確信してたりして。
すみ そのうちに左翼的なサックスは時代の外に追いやられるかたちとなって、 生活も精神も、書くことで支えていけなくなっちゃうんだけど。
にえ もちろん、オースター作品だから、サックスは転落人生の末に爆弾犯に、 なんて単純な話じゃないのよ。
すみ サックスの人生にマリアとリリアンっていう二人の女性が大きく関わってくるんだけど、この二人が 複雑で、なかなかおもしろい人物像だったよね。
にえ うん、とくにリリアンのつかめなさっぷりはおもしろかった。超美人で、 どうやら嘘つきみたいだけど、別に欲深いわけでもなさそうで、なに考えてるんだか、とうとう最後までわからなかった。
すみ とにかく、あの人とあの人がたまたま知り合いで、偶然、この人とあの人が一緒に居合わせて、っていうような、 複雑な人のつながりと偶然が重なって、サックスの人生は予期せぬ方向へと急展開の変化を遂げるのよね。
にえ サックス自身が、後半では深く知りあうことを避け、せっかく構築された、されかけてる人間関係から 逃げまどってるって感じじゃなかった?
すみ でも、いったんは別れた人たちと、わずかに残った絆を断つまいと必死にもがいているようでもあったよね。
にえ だれもが恋人やら親友やらといった親しい関係の人がいなければ、人間関係の複雑なつながりはなく、サックスは 爆死することもなかった。でも、やっぱりそんなわけにはいかなくて、あっちやこっちで親しい人を作り、人と人はつながって、 その蜘蛛の巣の虜となり、犠牲となってしまったのがサックスって気がしなかった?
すみ サックス自身も、逃れようとしながら喜んで絡みついていってたでしょ。やっぱりどんな状態になっても、 だれかと繋がってるって信じてないと生きてはいけないのね。
にえ 繋がっていたくて、でも、離れて自由になりたくもあって、当たり前みたいな そういう思いのなかで、サックスは墜ちていくしかなかったのかな。それだけにラストが切なかった。
すみ サックスは大きな国家権力にたった一人で戦いを挑んでいるようで、じつは無限に広がっていく人間関係の海の ど真ん中で溺れまいと必死にもがいていた、そういう印象。とてもよく書けた小説でございました。