すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「紙葉の家」 マーク・Z・ダニエレブスキー (アメリカ)  <ソニー・マガジンズ 単行本> 【Amazon】
ジョニー・トルーアントは入れ墨屋の受付という誰にでもできるような仕事をする、いわゆるクズと呼ばれるたぐいの 青年だった。ジョニーの親友、美容師のルードが住むアパートで、盲目の老人が孤独のうちに死んだ。老人の名前は ザンパノ、身寄りもなく、素性もまったくわからない。ルードに頼まれて一緒に老人の部屋を片づけることになった ジョニーは、老人の部屋で大量の紙束を見つけた。古いナプキンや封筒の切れ端、あるいは切手の裏、すべての紙が 何年にもわたって書かれた手書きの文字、タイプ文字で埋めつくされていた。それこそが、後年になって人々を熱狂の渦に 陥れた「紙葉の家」の原書だった。
にえ この本はねえ、ひとことで言うと、変態が読んで楽しむ本だね。
すみ あなたねえ、初っぱなからなにを言いだすのよ(笑)
にえ だってそうでしょうが、「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」ばりの偽リアル・ ホラーに、あることないことごちゃ混ぜにしたウンチクを積み重ね、縦に横にと嫌がらせのように文字を飛ばした ページを多数はさみ、さらには見ればかえって頭が混乱するような資料を加えてできあがったこの分厚い本を「やめて」と 言わずに、「もっともっと」と夢中になって読むなんて、間違いなしの変態だよ。
すみ じゃあ、夢中になって読んだ私もあなたも変態なの。
にえ そうです、変態です。というか、この本によって自分が変態だということを 自覚させられてしまったというか(笑)
すみ が〜ん。まあたしかに、この本を勧めるとしたら、普通に読書を楽しみたい方じゃなくて、 活字中毒でちょっと神経が麻痺しはじめてて、そろそろガツンと刺激が欲しい方かもしれないけど。
にえ そうそう。カリカリしないで、わ〜い、私ったら変態だ〜と喜べる方にオススメします。
すみ 私は変態じゃないと思うんだけどな。もともと挿し絵の一枚でも入ってると、文章で表現できずに 絵でごまかさなきゃならないんだったら、小説書くのなんかやめちまえっと叫びたくなる古風な性格だし(笑) でも、この本までイッて くれちゃってると、正直なところ、もう楽しむしかないって感じだった。
にえ ストーリーは簡単にいえば、ジョニーの身辺で起きる出来事のお話と、ザンパノが遺した「紙葉の家」 に書かれてる話が平行して進んでいってるのよね。
すみ ザンパノの「紙葉の家」ってのは、『ネイヴィッドソン記録』というフィルムの内容と、 そのフィルムにまつわるさまざまな逸話、意見などをまとめてあるってかんじの内容。
にえ 『ネイヴィッドソン記録』というのは、ピュリツァー賞受賞フォトジャーナリストの ウィル、もとモデルの美人妻カレン、8才の息子チャド、5才の娘デイジーの四人家族が、越していった家で実際に経験した恐怖を フィルムに収めたってものなのよね。
すみ 家にある日突然、あるはずのないドアが現れ、その向こうには地獄へと続いているような、深く長い廊下が あり、それを探ろうと入っていったウィルとその仲間たちは・・・って感じで話が進んでいくの。
にえ けっこうその話じたいは、典型的なホラーだよね。鬼気迫る描写の連続で、 かなり怖かったけど。
すみ それにカレンは実はけっこうな男好きだったなどという知人の言葉を借りたゴシップやら、 エコーとはなにかということを難しく長々と説明したウンチク系の記述やら、このフィルムが本物なのかを科学的に検証した記録やらが 挿入されてるのよね。
にえ もとはザンパノがいろんな紙に書き散らしたもので、狙いがあるのかないのかわからない部分については そのまま印刷されているからってことで、文字はときに右端に、左端に、上に下に、飛び飛びに、と凄いページもかなりあります。
すみ 書かれた文字が不明で、ところどころが[ ]で囲まれて空白になってたり、違う言語になっていたり、 ともう、読者を苦しませ楽しませるあらゆることが、これでもかとばかりに盛り込まれているよね。
にえ で、ジョニーのお話のほうなんだけど、これはなんと、本文ではなくおもに本文の横に記された小さな文字の補注 のなかで進行していくの。
すみ ザンパノの「紙葉の家」に取り憑かれたようになり、人生の歯車を狂わせていくジョニーの半生が 自嘲的なユーモアをまじえてつづられてるのよね。
にえ ジョニーの母親は、長く精神病院に入院した末に亡くなってるんだけど、それについては 巻末に付された母親がジョニーに宛てた手紙を読めばわかるという仕組み。
すみ 私は他のなによりも、ジョニーの母親の手紙が一番胸痛く、感動したな。こちらに押し寄せてくるような 狂気と愛情に圧倒されたし、手紙を受けとっていた少年のジョニーと青年になってからのジョニーについてもすごく考えさせられたし。
にえ 麻薬に溺れ、酒に溺れ、女に溺れて行きづまり、とクズみたいな暮らしをしている ジョニーが隠し持っている奥行きの深さみたいなものに触れた気がしたね。
すみ サブカルチャーの極み? ジャンル分け不可能? でも、けっこう文学してる、いろんな意味で 読み甲斐のある本でした。これでもう一回読み返してみたくなるんだから不思議(笑)