=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ボディ・アーティスト」 ドン・デリーロ (アメリカ)
<新潮社 単行本> 【Amazon】
世界的に認められながらも、商業的に失敗し、不遇の時を過ごしていた映画監督レイ・ローブルスが 自殺した。ボディ・アーティストであるローレンという妻がありながら、前妻のアパートで命を絶ったのだ。 夫を亡くしてからも、短期契約で借りていた海のそばにある古い家に一人で暮らしつづけるローレンのもとに、 不思議な青年が姿を現した。 | |
私たちにとって2冊めのドン・デリーロ作品です。 | |
「ホワイト・ノイズ」がしっくりいかなくて、「アンダーワールド」は 避けちゃったけど、これはよかったよね〜。 | |
カットグラスの向こうの世界を見ているみたいな小説だった。 冷たくて繊細な透明感があって、見えているようでよく見えないような世界が向こうにあって。 | |
ぜんぶの文章が詩のような、はりつめた緊張感と美しさがあったよね。 | |
うん、「ホワイト・ノイズ」で硬質的で読みづらい小説を書く人なのかな、なんて 思ってしまったけど、これは本当に息を飲むような美しさがあった。 | |
文章のひとつひとつに何かが潜んでいるようで、それを探るように読んでいくんだけど、 途中までくるとハッとさせられてまた戻って読み直す、その繰り返しだったな。 | |
すぐ先にある狂気の淵みたいなものが、ずっと透けて見えてたよね。最初から最後までギリギリの 緊張感が保たれてた。 | |
でもさあ、ドン・デリーロ作品でよかったねえ。無名作家の小説だったら、 宣伝文句で毎度毎度の「癒し」って言葉を連発されてたかも(笑) | |
夫が前妻のアパートで自殺して、落ちこんでいた女性が不思議な青年に出会うことによって癒さ れる小説なんて紹介されると、身も蓋もないね。 | |
主人公の女性ローレンは、目の前のものをどこか遠くの世界から見ているような、それでいて ものすごく微細なことに過敏になってしまうような、そういう感覚を持つんだけど、それはなにも夫の自殺のショックでそれから、って わけではないのよね。 | |
夫と過ごした最後の朝からそうだったし、もしかすると、ずっと前からそうだったのかもしれない。 この小説じたいがローレンの記憶だから、そういう描写になっているのかもしれない。そのへんはハッキリとはわからないけど。 | |
夫との、なんだか不思議な雰囲気の、二人のあいだでなにかがズレてしまっているような朝の会話から 話が始まるのよね。 | |
なにもかもがどことなくズレていて、いつもは朝食をともにしない夫と一緒に朝食をとっていることを 強く意識していながらも、窓の外にとまっているアオカケスに気をとられてしまう、肝心なことを言いかけて二人して止めてしまう。とにかく不思議な空気が 流れてた。 | |
昨日は一日中、木曜日なのに金曜日だと思って過ごしたっていうローレンの言葉が、 ズレのはじまりを暗示してたね。 | |
それから、レイが自殺してローレンは打ちのめされて、崩れかけていた世界は加速をつけて崩れ落ち、 過敏さは度を増して、そこに突如として、謎の青年が現れるの。 | |
緊張しまくって読んでいた私は、実在の人物なのか、ローレンの空想上の存在なのか、 そこからもう判断がつかなくて迷ってしまった(笑) | |
青年には名前すらないからね。言葉をしゃべるんだけど、言葉でなにかを表わすってことが ない青年なのよね。 | |
相手の言葉をそっくりそのままなぞっているだけだったり、記憶にあるだれかの言葉をそのまま再生したり。 | |
自分自身のない人間ともいえるよね。ローレンは青年を、自分が記憶を失いかけているレイの再生機として 利用しているようでもあり、なにかを期待しているようでもあり、一緒に過ごすようになった二人の関係は、なんとも言いがたく微妙。 | |
ローレン自身が再生機的でもあるのよね。ローレンがやるボディ・アーティストっていうのが、 他人を自分のなかに再生してみせるというパフォーマンスだし。 | |
そして、ローレンと青年のあいだに常に置かれているのがテープレコーダー。これがまた暗示のような、 キーアイテムのような。とにかく、すべてがこの調子で、どこまで深読みすればいいのかと悩みつつ、どんどん迷宮のなかに引きずり込まれていってしまった。 | |
けっきょく、なんか説明しようと思ったのに、なんの説明にもならなかったような。とにかくそういう小説です(笑) ハッキリしないところのある小説が嫌いじゃない人にはオススメ〜。 | |