すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「心地よく秘密めいたところ」 ピーター・S・ビーグル(アメリカ) <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
ニューヨークの片隅にある共同墓地で、身を隠して暮らす男レベックは、二十年近くも墓地の敷地から 出ていない。彼に食事を運んでくれるのは鴉。レベックと鴉は会話ができる。レベックは、墓地にさまよう 死者の霊とも話ができる。最近墓地に来たのは、妻に毒殺されたマイケルと交通事故で死亡したローラ。 三人と一羽は、愛について、人生について時に縛られず話し続ける。そんな中、レベックは亡き夫の墓参り に来たモーリスという女性と知り合った。
にえ お初の作家さん、ピーター・S・ビーグルです。
すみ この本は19歳のときに書いたんだってね。ビックリしまくり。
にえ その後も10年に1作ずつ長編を発表してるって書いてあった よね。これまたビックリの超寡作。
すみ で、この本ですが、どうでしたか?
にえ 何のことはない話なのよね、幽霊の男女と、老齢に近づいた 男女が知り合い、惹かれあう、内容を説明するとそれだけなのよ。
すみ ほとんど会話だけだし、舞台は墓地のなかに終始してるしね。
にえ そうそう、あとからわかる事実かもあるけど、基本的には 事件らしい事件も起きないし、ほとんど起伏のない話だしね。
すみ でもスイスイ読めちゃっう。哲学的でも、柔らかでリズム感の ある会話のせいかな。
にえ いろいろな逸話とかが挿入されてるから、飽きないよね。 童話の話が出てきたり、過去の印象的な経験の話が出てきたり。
すみ ほんと「心地よく」読めたよね。 墓地とはいえ、ほとんどが天井のない野外で会話されてるから、なんか読んでてこっちも気持ちのいい風が 吹いてくるような、いい気持ちで読めるのよね。
にえ 私たちも家の中じゃなくて、公園の木陰とかで読んだほうが よかったかもね。
すみ まさにゴールデンウィーク中に読むのにピッタリな、ゆったり した気持ちになれるお話。
にえ それにしてもさ、なんといっても一番印象に残るのは鴉でしょ。
すみ うん、鴉はおもしろい。ツッコミがきいてるし、カラス哲学み たいな話も独特でおもしろかった。
にえ あとさ、レベックが話す前とか後とか、かならず、ここはちょ っと思いきって言ってみよう、とか、やっぱり言わなきゃよかったかなあ、でも言ったものはしょうがな い、みたいな感じの心の流れが一行、二行、書き加えられてるでしょ。あれが慣れてくるとなかなか楽し かった。
すみ ああ、あそこまで細かく書いちゃう作家ってあんまりいないよね。
にえ とうぜん、死についてたくさん語られてるんだけど、これが また宗教の影響がまったく感じられなくて、すごく心地よく、納得しながら読めた。
すみ 死についての考え方ひとつとっても、なんだかすごく透明感が あるっていうか、澄んだ水みたいな感触のする話なのよね。
にえ 天国と地獄だの、痛みだの苦しみだのって、そういう話はないの よね。ただ、頭も体もゆっくりと透明になっていく、そんな感じ。
すみ 翻訳も装丁もよかったね。特に装丁は、描いてある景色は、 話のほんの一部を描いた挿し絵みたいなものだけど、雰囲気がすごくこの本をあらわしてた。
にえ 摩天楼の黄昏時、空に舞う一羽の鴉。この絵のシンとした感じ が、あってるよね。前に妖精文庫ってので出版されてるんだけど、それは墓場の絵で、指してるものは そっちのほうがあってるんだろうけど、絵がちょっとクドイ。こっちのほうが内容にあってるよね。
すみ 邦題もうまい! 『心地よく秘密めいたところ』、まさに そういうお話。
にえ 静かな場所で、雰囲気にひたって読んでほしいね。