=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「スパイダー」 パトリック・マグラア (イギリス→アメリカ)
<早川書房 epiブックス> 【Amazon】
騒がしく不潔な下宿で、口やかましいウィルキンソン夫人にあれこれと世話を焼かれるデニス・クレッグは 過去にとらわれていた。20年間、カナダにいたあいだは過去から少し遠ざかれたのに、自分が生まれ育った ロンドンに帰ってきてからは、忌わしい事件を思い出さずにはいられなくなったのだ。12歳の時、身勝手な父ホーラスは、 パブで知り合った娼婦ヒルダと共謀し、優しい母を殺した。そして私はヒルダを殺した。 | |
私たちにとっては初パトリック・マグラアです。 | |
なんか見覚えのある名前だと思ったら、読もうかどうしようかさんざん 迷って読まなかった「閉鎖病棟」の作者だったのね。 | |
そうそう、父親が犯罪精神病院の院長で、幼い頃から患者たちに接していたという 作者の経歴から、どんな小説を書くのかな〜と気になりつつも、なんか重苦しそう、と避けちゃったのよね。 | |
「閉鎖病棟」はわかんないけど、この「スパイダー」は、重苦しいといえば、 重苦しい小説だったよね。 | |
うん、ある男の狂気を内面から描いてるから、救いはないのよね。でも、 不思議と読んでて息が詰まらなかったのは、端正な文章ってやつのおかげかしら。 | |
謎解き気分で読めるからかもしれない。犯人が先にわかってて、 あとから犯罪が見えてくる倒叙ミステリーっぽいつくりだから。 | |
でも、じつはそんな生やさしいものじゃないのよね。 とにかく、語り手であるデニス・クレッグは「信頼できない語り手」で、そのデニスの目で見たこと、 体験したことからすべてを推測しなくてはならないの。 | |
どこまで信用できるのか、まったくわからないんだよね。 | |
デニスによると、デニスの母は小柄で、おとなしくてやさしい女性で、 育ちがらがわりと良くて、クレッグ一家の家があった薄汚いキッチナー通りでは、あまり見かけないタイプ。 | |
夫のホーラスに逆らえない弱さもあるけど、想像力のある人で、二人っきりの時はデニスに 想像することの楽しさを教えてくれたのよね。 | |
料理も上手で、家の中をいつもきれいにしてあって、その家というのも持ち家なんだけど、 結婚したときに彼女の両親がプレゼントしてくれたもの。でも、男性にとって魅力を感じるタイプではないかなって雰囲気もある。 | |
夫のホーラスは家の中だけで威張りちらす、パブに行くのと、市民菜園の一角を借りて 作物をつくることだけが楽しみで生きてる、しがない水道屋。 | |
最初のうちは、なんだかんだ言っても、土曜日には二人でかならずパブに 出掛けてて、そんなに夫婦仲が悪いって感じでもないの。ところが、ホーラスがヒルダ・ウィルキンソンという 娼婦に出会って、夫婦仲はグチャグチャに。 | |
そして、ホーラスはヒルダと共謀し、妻を殺してしまうのよね。 | |
そしてそして、厚かましくも後釜として家に入ってきたヒルダにいびられ、 デニスはヒルダを殺した、ようでもある。 | |
わからないのよね〜。デニスが過去を少しずつ語りながら、あちこちに出掛けて、 自分の記憶がたしかかどうか、確認したりするんだけど、読んでるとデニスの語ってることが、どうも信用できなくなっていくの。 | |
読んでるときは、最後に種明かしがあるんだろうな〜と思ってたから、 ああでもない、こうでもないと考えながら読んだんだけど、じつは答えは書かれてないの。 | |
だいたいのことは、わりと早い時期に見当がつくんだけど、そこからよね。 | |
母っていう存在についても、ヒルダっていう女性についても、父親の人物像についても、 殺人についても、どこからどこまでがデニスの妄想で、どこからは真実なのか、書かれてある多くのことから、 読者が探りあてていかなくてはならない。悩まされるよ〜。 | |
そのうちにデニスの狂気がどんどん膨らんでいくしね。読んだあとがおもしろい小説だったよね。いろいろ考えちゃった。 これが妄想だとすると、この時期について書かれていることからぜんぶ妄想なんだろうとか、この人は本当にいたのかとか。本当はこうなんじゃないかとか。 | |
なぜか悪女ヒルダと、現在デニスが住んでる下宿の管理人ウィルキンソン夫人の 苗字が同じだったりとか、そういうヒントなのか、ヒントじゃないのかってものもたくさん散りばめられてるし。 | |
でも、本当は真実なんてなくて、読者を悩ませるためだけにいろいろ書いてあるんじゃないの?って感じはぜんぜんしないのよね。 なんとなくだけど、はっきりとそこにある真実の光はたしかに見えてて。 | |
爽快感とか満足感とかを得られる小説じゃないから、ちょっと勧めづらいのだけど、 おもしろかった。全体の雰囲気は重苦しいけど、狂気だけに絞り込まれてるから物足りないほどすっきりしてたりもするし。 狂気ものとしては秀作中の秀作なんじゃないかな。 | |