すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「四十日」 ジム・クレイス (イギリス)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
熱病で死にかけた夫ムーサのため、ミリは隊商を離れ、広大な塩の荒れ地の一角にたてた天幕に残った。ミリは知らなかったが、 天幕のすぐそばには無数の洞穴のある岩壁があって、そこは断食による四十日の苦行するユダヤ教徒たちのための場所だった。 暴力的な夫の死を願うミリが夫の墓を掘っているところに、四十日の行に入ろうとするユダヤ教徒5人が現れた。 身を隠したミリが見たのは、頭のおかしそうな男バドゥ、癌を患った老石工のアファス、不妊に悩む美貌の人妻マルタ、様々な地で修行を 積んできた綺麗な金髪の男シム、そして、真の神を模索する大工の息子イエスの5人だった。
にえ 私たちにとっては3冊めのジム・クレイスです。
すみ ジム・クレイスって人は、自分が無神論者であることを公言している作家。その無神論者の作家が イエス・キリストの生涯を書いたのがこの小説。
にえ 読む前にかなり期待してたんだけど、期待を裏切らない内容だった。というか、もうちょっとは 遠慮がちに書いてるかと思ったけど、容赦なくて驚いた(笑)
すみ ジム・クレイス版キリストの生涯にも驚いたけど、細部に散りばめたイヤミっぽい聖書の言葉の使い方にも驚いたし、 ラストは、なるほどそう来たか〜って感じだったし、なかなか凄かったね。
にえ でも、そういった意味で凄いわりには、不思議な静寂感と神聖さがみなぎってるような雰囲気で、 小説としてホントに満足度の高い内容だった。
すみ うん、ジム・クレイスはなにが気に入ったのかわからないまま、これで3冊めだけど、なんかこの本でけっこう気に入ってしまったな。 ただ、勧める人は選びそうな小説だけど(笑)
にえ 読み終わったあとで、シンとした気持ちになって、これはこれで信仰の新しい形なんじゃないの?って気にまでさせられたよね。
すみ 不快感がないよね。物語のあとの不思議な広がりに感動すら覚えそうになったし。
にえ まず、1ページめには、医学的にいって人間の体は四十日間の水も食物もない完全な断食には耐えられるように できていないっていう内容の記事が引用してあって、それからページをめくると、小説がはじまるのよね。
すみ はじめに出てくるのは、妊娠していて、一人で瀕死の夫の看病をする女性ミリ。 ミリの夫はおおぼらふきの欲の塊のような商人で、ミリを暴力で苦しめ続けてきた男。ミリは夫が亡くなって未亡人になれる日を 夢見ているの。
にえ 自分を支配していた夫から解放され、自由を楽しみながら夫の墓を掘っていると、 そこに5人が現れるのよね。
すみ 5人はユダヤ教徒で、信仰をきわめたいとか、願かけをしたいとかの理由で、 これから岩肌にある洞穴に籠もり、四十日の断食を行なおうとしているところ。
にえ そのなかの一人が青年イエスなのよね。
すみ 本当は四十日の行のあいだは、日が出ているあいだは断食しなくちゃいけないけど、 日が沈んだら飲み食いはしてもいいはずなのよね。なのにイエスだけは、神の奇跡を信じて、日中も日没後も飲み食いなしの断食をやろうとしてるの。
にえ イエスは信仰を深めたいと願うストイックな青年で、ふだんの生活でもだれにも理解されないまま、 一生懸命に神の真髄に迫ろうとしているのよね。洞穴も、他の4人はすぐ近くの洞穴を選ぶんだけど、イエスだけは遠く離れ、簡単には近づけない洞穴を 選んでこもっちゃう。
すみ その前に、とんでもないことをしちゃうんだけどね。苦行にはいる前に水をもらおうと天幕に迷い込み、 せっかく死にかけてたムーサの口に水を与えちゃう。そしたらなんと、タイミングが良かったのかなんなのか、ムーサは熱が抜けて、病気が治っちゃうの。
にえ 恢復したムーサは、とんでもない奴なのよね。ミリへの横暴ぶりはもちろんのこと、 洞穴に籠もる4人には、ここは自分の土地だ、借地代を払えとか言いだすし。
すみ ミリと4人はムーサに支配され、とんでもなく息苦しい四十日間が始まってしまうんだけど、 うかつに近づけない洞穴にこもったイエスだけは、一人もくもくと苦行に励むの。
にえ イエスとしては放っておいて欲しいところ、ところがムーサはイエスが 奇跡を起こして自分を救ってくれたのだと信じ、執拗にイエスにつきまとおうとする。ひたすら苦行にはげみたいイエスは、断固としてムーサの誘惑を拒み、 洞穴にこもりつづける。イエスにとってはまさにムーサは誘惑の悪魔。
すみ さて、それからどうなったかっていう話なんだけど、話の中心がイエスとムーサだけに絞られてるわけじゃなくて、 イエス以外の登場人物の行動がそれぞれ興味深くて、ときにはイエスのほうが添え物に感じられたりもして、おもしろかったよね。
にえ やっぱり印象に残るのはふたりの女性ミリとマルタかな。まったく共通点のない二人が、少しずつ歩み寄っていく姿は微笑ましかった。 あと、最初はほとんど存在感のないバドゥが、だんだんと個性を出していく過程も良かった。
すみ 内容からいってしょうがないのかもしれないけど、巻末の解説で結末をぜんぶ書いちゃってるのはいただけなかったな。 でもまあ、それはそれとして、ホントにおもしろい小説でした。責任はとれないけど、オススメです(笑)