すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「天球の調べ」 エリザベス・レッドファーン (イギリス)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
フランス革命から6年後の1795年、フランスでは王党軍と共和国軍が激しい戦いを繰り広げ、 ロンドンには出国前に財産を没収され、貧しい亡命生活を強いられたフランス貴族たちがおしかけてきていた。 内務省の役人ジョナサンは、1年前に家出をしていた娘エリーが絞殺死体となって発見されてから、その犯人を捜し続けていたが、 エリーと同じ赤毛の娼婦が連続して殺されていることを知った。ジョナサンは独自の捜査を進めるうち、 フランス亡命貴族オーギュストとギイの姉弟のモンペリエ家でおこなわれている<ティティウスの集い>の存在を知った。
にえ 1950年生まれの女性エリザベス・レッドファーンの、これがデビュー作だそうです。
すみ こんなに凝りに凝ったデビュー作を書いてしまって、2作目があるのかと心配になっちゃうねえ(笑)
にえ うん、もう素晴らしすぎ。最初の数行読んだ時点で、すでに濃厚な文学の薫りにクラクラっときてしまった。
すみ 書評では、ディケンズとか、エーコの「薔薇の名前」とかが譬えに出されてたけど、 似てはいないの。でも、そういう譬えを出さずにはいられない小説だよね。
にえ いちおう、種類分けをするならミステリ系のサスペンスってことになるんだろうけど、 いろんな要素がつまってて、単純な枠には収まってはいなかったな。
すみ うん、18世紀のロンドンの匂いが伝わってくるような描写があり、魅力的な天文学の話あり、 イギリス、フランス間の戦争の詳細な記述がありで、そのうえ、ブレイクの詩が効果的に挿入されていたり、ハープシーコードの美しい調べがあり、とにかくいろいろ詰まってた。
にえ まだあるでしょ。イギリスで暗躍するスパイの存在、暗号解読の知識、豪華な邸宅に集まる人々の絡み合う愛憎劇、 ああ、もうこうやって挙げていってもきりがないっ。そういう多々のものが織り込まれながら、散漫にならずにきっちりと物語が進行していって、 もう、ゾクゾクしちゃった。
すみ 発端は、わりあいと典型的な設定から始まるんだよね。赤毛の娼婦の 連続殺人事件、それを追う一人の男。で、たんなる殺人鬼探しと思いきや、なんだよね。
にえ ジョナサンは捜査をするうちに、娼婦が殺される前に与えられたフランス 金貨を見ることになり、その金貨の裏側の絵から、共和国政府側のスパイの存在を知ることになるの。
すみ この金貨の絵の話ひとつにしても、作者の知識の豊富さがうかがえるのよね。 読んでて、うわ〜、そういうことなのかと思っちゃった。
にえ 犯人が亡命してきたフランス人の一人に違いないとにらんだジョナサンは、 調べを進めるうちに、<ティティウスの集い>に行き当たり、そこから様々なことがわかってくるのよね。
すみ <ティティウスの集い>は、天文学に造詣のあるイギリス人、フランス人たちのなかで、 火星と木星のあいだに、もうひとつ惑星があるはずだと信じて、調査している人たちの集団。このへんの学説についての著述もすばらしかった。
にえ <ティティウスの集い>は、フランス亡命貴族の姉弟オーギュストとギイのモンペリエ家の 邸宅で天体観測を行なっているの。このモンペリエ家が怪しい匂いプンプン。
すみ フランスから亡命してきた貴族たちは財産を没収され、貧しい暮らしを強いられているはずなのに、 なぜかオーギュストとギイは豪華な邸宅に住み、使用人をたくさん雇って、毎夜パーティーのような集会を開いてるのよね。
にえ 集まっている人たちがみんな怪しげ。まず、姉オーギュストは、 自分の美貌を利用し、魅力をふりまいて人を利用しつつ、自分自身は心や体に傷をもつ男にしか興味を持たない、おぞましいほどにふしだらな女性で、なんか病的。
すみ 弟のギイは、後頭部に癌を患ってあと幾ばくかの命なんだけど、やっぱり体だけじゃなく、 精神も病んでるのよね。火星と木星のあいだにあるはずの惑星にセレネという女性の名前をつけて、異常な執着をみせていて。
にえ オーギュストの崇拝者たちもみんなどこか異常。たえずオーギュストのそばにいるカーラインは、 金髪で長身の美貌の男性なんだけど、罪を問われて軍隊を追われたときに鞭打ちの刑にあい、背中に醜い傷があるうえに、 口がきけなくなってしまっているの。
すみ それから御者のラルフよね。ラルフは顔に傷のある大男で、かなり不気味な存在。なにかいわくありげな過去があるみたいなんだけど。
にえ もと司祭のノーランドは、人に嫌われながらもいつもモンペリエ家に出入りしてて、 小説の中では狂言回しのような存在だけど、かなり精神的に危ない人みたいよね。
すみ それから医師のロティエ。天文学にも造詣の深いギイの主治医なんだけど、 オーギュストへの献身的な愛はあきらかに常軌を逸してしまっている。
にえ ジョナサンは<ティティウスの集い>を調査するために、自分の半分だけ血の繋がった兄アレグザンダーを 送りこむの。アレグザンダーは卑屈なまでに謙虚で、優しい心の持ち主。アレグザンダーの存在は、読んでいるあいだずっと救いだったな。
すみ 天文学者として、数学者として、崇拝されてもいいような実績を上げているのに、悲しい生い立ちのためか、 この時代には認められていなかった同性愛者のためか、いつも自分なんかがって気持ちに押しつぶされそうになってるのよね。
にえ あともう数人の個性的な登場人物とともに、歴史的な出来事が複雑に絡み、 物語は意外な方向に。ジンと来るラストまで含めて、ホントにもう大満足だった。
すみ 濃いめだし、こういう知識のつめこみが好きじゃない方もいるだろうから、だれにでもオススメとはいかないけど、 とにかく丁寧に、しかも独特の美しさをもって書かれた小説だったよね。私たちは大絶賛しちゃいます。