すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「高い城の男」 フィリップ・K・ディック (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
サンフランシスコは日本の勢力下にあった。なぜなら第二次世界大戦で、枢軸国側(日本・ドイツ・イタリア)が 連合国側(アメリカ・イギリス・フランス・ソ連など)に勝利し、いまや日本とドイツが世界を支配しているからだ。 表向きには日本と手を取り合って世界を統治するドイツだが、水面下では新たな動きがはじまっていた。ヒューゴー賞受賞作品。
にえ 私たちにとって、3冊めのフィリップ・K・ディックです。
すみ この本のあとがきにも書いてあったけど、大御所のわりにはストーリーが途中で破綻しちゃってる作品も多い作家さんだそうで、 1冊めはすっごく良くって、2冊めはありゃりゃだったから、3冊めのこの本はどうかな〜と心配しながら読んだんだけど。
にえ これは素晴らしかったね。傑作中の傑作、大絶賛しちゃう!
すみ うん、バラバラだった幾筋ものストーリーが最後にまとまっていく展開もおみごとだったし、 独特の美しさもあって、ホントに良かったよね〜。
にえ そうなの、そうなの、第二次世界大戦に枢軸国側が勝ったって設定で、 日本とドイツがアメリカを統治している話ってことで、キワモノというか、ハチャメチャな話かと思ったら、 最後のほうはもう喪失感を漂わす美しさで、鳥肌ものだった。
すみ あとさあ、日本人がいっぱい出てくるんで扱われ方も心配だったんだけど、なんか悪っぽく書かれたドイツ人に比べ、 日本人にはやけに好意的だったよね。
にえ うん、登場人物がみんな、あのさい箸みたいな長い棒をジャラジャラやって、易占いなんかしちゃうから、 最初のうちは違和感あったんだけど、占った結果出てくる言葉の雰囲気が作品に膨らみを加えてて良かったから、小説世界の架空の日本人たちってすぐに割り切って読めた。
すみ 私はじつは、学生時代のバイト先でコインを使ってやる易占いが流行って、本を見ながらよくやってたんだけど、 そっくり同じようなことを登場人物たちもやってて、なんとも懐かしうれしかった。
にえ 易占いが日本の文化の一部と勘違いしてるのかなと思ったら、きっちり中国から伝来したものだって記述もあったし、 俳句なんかも挿入されてて、けっこうわかってらっしゃるのねと感心しちゃったよ。
すみ じっさい、第二次世界大戦後に日本がアメリカを占領してたら、帝国主義を押しつけて、圧政を強いると思うんだけど、 この本の日本人はみんな礼儀正しくて、遠慮がちで、申し訳ないぐらい良く書いていただいてたよね。
にえ 禅問答みたいな会話が多くて、精神世界を大切にしている人々っていう感じになってたよね。なんかここまで 日本人が失いつつある良い面だけを強調されると、こんなの日本人じゃない!とは言えなかった。正直、申し訳ないなと思いつつ、心地よく読んでしまった。
すみ 最初のうちは、いくつかの話が、つながりながらも平行してはじまるのよね。ひとつは日本人相手にアメリカの古美術品を売るチルダンっていう38歳のアメリカ人男性の話。
にえ 古美術といっても、歴史の浅いアメリカの古美術だから、南北戦争のポスターとか、初期のミッキーマウスの腕時計とかなんだけどね。
すみ チルダンは内心では反感をかんじながらも、日本人にヘコヘコするしかないの。特にヘコヘコしている相手ってのが、通商代表部の田上って男。
にえ 田上はスエーデンからバイネスって名の賓客を迎えようとしているんだけど、バイネスはじつは隠れユダヤ人で、なにか隠密の目的があるみたいなの。
すみ チルダンの店に商品を卸している工場に勤めるフランク・フリンクも、じつは隠れユダヤ人なのよね。フランクは工場を辞め、 自分でまったく新しいタイプの芸術的な装飾品を作って、売り出そうとするんだけど。
にえ フランクの別れた妻ジュリアナは、コロラド州のキャノン・シティで柔道の教師をして暮らしてるんだけど、あやしげな男と出会って、 のっぴきならない状況に陥っていくの。
すみ あとまだ数人いる登場人物に共通するのは、『イナゴ身重たく横たわる』っていう本を読んでるってこと。この本はドイツ側では発禁になってるけど、 サンフランシスコでは自由に売られてて、大ベストセラー。
にえ この本がじつは、第二次世界大戦で連合国側が勝っていたらと仮定して作った世界の話を書いた本なのよね。この作中作の設定はすごい!
すみ 作者はドイツ人に命を狙われることをおそれ、<高い城>と名付けられた要塞みたいな山奥の館に隠れ住んでるらしいんだけど。
にえ これがまた話が進んでいくと、意外なところで登場人物たちと繋がっていくのよね〜。
すみ ストーリーも登場人物も良かったけど、背景の描写がまたおもしろかった。日本人が統治するアメリカでは、まだテレビが普及してなかったり、 輪タクが一般的な交通手段として使われていたり。そうか、アメリカを手本としない日本人がアメリカを統治すると、電化製品、自動車の開発は遅れ邦題なのね、なんて考えさせられたりして。
にえ さてさて支配されたアメリカで、アメリカ人たちはアメリカの誇りを取り戻せるのかってことになるのだけど、 それにしてもラストのほうで田上の意識が一瞬だけ違う世界へ飛んでいくシーンはなんとも印象的で、美しかったな。
すみ これはもうオススメ。1963年の作品だそうだけど、古くならない不朽の名作SFでしょ。アメリカ人のために書かれた小説だと思うけど、日本人の私たちが読むとまた違う側面が見えて、楽しめました。