すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「シスター・キャリー」 上・下 ドライサー (アメリカ)  <岩波書店 文庫本>   【Amazon】 〈上〉 〈下〉
キャロライン・ミーバーは家族から親しみを込めてシスター・キャリーと呼ばれている。年齢は18歳、 頭は悪くないが内気で無垢で世間知らず、自分の美しい容貌にさえ、それほど自信が持てずにいたが、 ひたむきに前だけを見る明るい性格だった。シスター・キャリーはアメリカ中西部の田舎町から、姉夫婦を 頼ってシカゴに移り住もうとしている。憧れの都会にめいっぱいの幻想をいだき汽車に乗るキャリーに、 一人の身なりのいい男性が声をかけてきた。ドルーエと名乗るその男性は、キャリーにとって初めて出会う 都会の男だった。
にえ 1900年に発表された当時には正当に評価されなかったけれど、 現代ではアメリカ二十世紀文学のなかでも最も重要な作品といわれている、セオドア・ドライサーの「 シスター・キャリー」です。
すみ おもしろかったよね〜。バリバリの古典文学みたいな堅さは なくて柔らかで読みやすいんだけど、ちょい昔の空気みたいなものが漂ってきて、ゆったりとしたペースで読めるし、 古典というより、古き良き文学って言いたくなるような感じだったな。
にえ 発展していくアメリカの大都市シカゴ、ニューヨークの移りゆく景色も堪能できて、 当時のファッションもタップリ描写されてて、胸はずむ舞台演劇の華やかな世界も出てきて、楽しかったよね。
すみ 繁栄の裏側の世界や不況にあえぐ庶民の生活もタップリ描かれてたよ。アメリカの 明も暗も語りつくしたって感じだった。
にえ そうそう、最初のほうで、田舎から出てきたシスター・キャリーが 姉夫婦のところに居候するあたりから、もうアメリカの庶民生活のあえぎがヒシヒシと伝わってきたね。
すみ 姉の夫は朝早くから働いて、なんの楽しみもなくわずかな金を貯めることだけを 考えてるつまらない男だし、姉も生活に埋没して、生きることを楽しむってことを忘れてる。シスター・キャリーが 初めて働きに行くのは、賃金が少ない上に、つらく単調な仕事の靴工場。これじゃあ、抜け出したくもなるわ。
にえ キャリーがそんな生活から抜け出すきっかけは、シカゴに出てくるときに知り合った ドルーエとの再会なのよね。
すみ このあとの話でもずっとそうだけど、キャリーって常に変化を求めてて、流れに乗って 浮上していくのはすごくうまいんだけど、自分から積極的に変化しようとはあまりしないのよね。なんかこういうキャラって 小説では珍しいような気がしたけど、すごくリアル。
にえ 正直なところ、女性の大半ってこういう性格じゃないのかなあって気がする。 いつも、ああなりたい、こうなりたいって願ってるけど、誘われるのを待ってる、みたいな。
すみ キャリーがドルーエに誘われるまま姉夫婦のところを出て、ドルーエに借りてもらった 部屋で暮らしはじめるところも、そういう妙なリアルさがあったよね。
にえ こんな囲われ者みたいな状態になっちゃっていいんだろうかと思いつつも、 きれいな部屋に住めてうれしいし、美しいお洋服を買ってもらうと、いけないな〜と思いつつ、着ている自分に うっとりしちゃう、なんてところがね。
すみ こういう物質社会の罪深さって現代の日本とぜんぜん変わらないよね。 高校生の女の子がお小遣い少ないけど、ブランドもののバッグがほしい、みたいな。お金がなくても高いものと安いものが並んでれば、 だれだって目が肥えて、高いものが欲しくなる。収入や身分に相応しいものでは、満足いかなくなるんだよね。
にえ そういう欲望にあっさり負けてしまう、というか、けっこう内心では喜んで 流されてしまっているようでもあるのがシスター・キャリーなの。
すみ ドルーエを愛してもいないのに、与えられることに感謝して、一緒に暮らしはじめるんだけど、 あんまり罪悪感はないんだよね。
にえ 黙って姉夫婦のところを出てきちゃったけど、まあいいか、ドルーエも独身で、ちょっと嘘っぽいけど 結婚してくれるって言ってるし、まあいいか、みたいな軽さがあったね。この性格って1900年にはふしだらな悪女だったんだろうけど、 今読むと共感の対象だな。
すみ それからドルーエの友人で、酒場の支配人をやってるハーストウッドって 男と知り合いになるんだけど、こっちのほうがいい男なのよね。
にえ ドルーエも悪くないんだけど、やっぱり着こなしとかにイマイチ品がないし、 あんまり頭が良くないから軽薄さも感じられるし、と、ようするにキャリーは最初の感謝だけの状態を通り過ぎて、 目が肥えて冷静に判断できるようになってくるの。
すみ 女ってこういう怖さがあるよね。一見純情そうな女のこういう抜け目なさっていうのは、 文学の世界では定番かな。
にえ じつはハーストウッドは隠してるけど、妻も子もある身、それでも キャリーを誘惑し、ドルーエの目を盗んで逢瀬を楽しむ仲に、そしてキャリーはあるきっかけから女優としての才能に目覚め、 舞台は華のニューヨークへ!
すみ なんていうと、もろメロドラマチックな感じになっちゃうけど、じつは サクセスストーリー的な楽しさもありながら、かなりシビアな描写も多くて、重みもあるのよね。
にえ 資本主義社会のアメリカの都会では、成功者となって豊かさを謳歌している人々と、 敗者となって踏みつぶされていく人たちがいる、そのコントラストが鮮やかに描き出されてた。
すみ しかも、豊かさは人の向上心さえも奪い取っていたでしょ。成功者は一歩足を踏み外せば、 貧困に喘ぐ生活が待っているのを知っている、だから踏み出せない。
にえ けっきょく、富める者の精神も、貧しい者の精神も、物質欲と貧困の恐怖に蝕まれているのよね。
すみ 単純にストーリーを楽しく読ませてもらったけど、あとになって考えると、けっこう怖い小説だった。 作品の持つ古い雰囲気を堪能したけれど、この小説の訴えかけるものはそのまま現代につながって古びてなかったし、すごい迫力。 これはやっぱり名作だわ。