=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「クジラの消えた日」 ユーリー・ルィトヘウ
<青山出版社 単行本> 【Amazon】
ナウという女がいた。ナウは一人で暮らしていたが、ある日、海岸で一人の男と出会った。男の名はリョウ。 リョウはクジラだったが、ナウという人間の女を愛したことで、クジラから人間となった。ナウとリョウは夫婦となり、 子供をもうける。最初の子はすべてクジラだった。次からは人間だった。ナウとリョウが子を産み、育て、 海岸には村ができた。 | |
ユーリー・ルィトヘウは、シベリア北東のチュクチ半島に暮らす少数民族、 チュクチの初の作家さんです。 | |
チュクチ人には文字を書くっていう文化がまったくなくて、それが1930年になって ようやく文字が導入され、その記念すべき1930年にたまたま生まれたのがユーリー・ルィトヘウで、その ユーリー・ルィトヘウが成長して、チュクチ初の作家になったのだそうな。 | |
チュクチ人は類別すれば、古代アジア人。私たちの仲間だよね。んでもって、 ちょっと前まではソビエト領だったのは確かなんだけど、今はどうなのかがわからなかった〜。 | |
日本ではチュクチ人より、もともとはチュクチ人が狩猟に使っていた犬である シベリアンハスキーのほうが有名かもしれない。 | |
チュクチは文字こそ持たないけど、紀元前のはるか昔から続く、伝統ある 民族なんだよね。で、この本はそのチュクチ民族に伝わる創世神話をもとにして書かれた物語なの。 | |
スンゴイ良かったよね。読み終わったあと、しばらく動けないくらいジンと来た。 | |
まず、創世神話をもとにしたお話から始まるのよね。チュクチ半島に ナウという女が一人で住んでいて、そこにリョウという大きく黒い瞳をもった男が現れる。 | |
リョウはじつはクジラの化身なんだよね。クジラというのは、もともと人間の姿に 変身することができるんだけど、人間の女を愛し、地上で暮らすことを決めたリョウは、クジラには戻れなくなっちゃうの。 | |
ナウとリョウの最初の子供たちはクジラなんだよね。ナウは海の中で乳を与えながら クジラの子供たちを育て、やがてクジラたちは旅立っていく。 | |
そのあとに次々と生まれた子供たちはみんな人間、その人間の子供たちが チュクチ族となっていく、と。つまり、クジラと人間は兄弟ってこと。 | |
小説らしくなっていくのはそれからなんだよね。まず、ナウの子孫にエヌという男がいて、その男が クジラを祖先と崇めることに疑問を持ち、ずっと遙かな世界には、春や夏が長く続く世界があるんじゃないかと考えはじめるの。 | |
クリャウいう男も、同じことを考えはじめるんだよね。そして二人は旅に出て、 世界を知ろうとする。 | |
それからエヌの孫のギヴという男が主人公になり、ギヴは外に旅することではなく、 この場にいながらにして、真実を知ろうとするの。 | |
それからギヴの孫アルマギンギンが主人公になり、アルマギンギンは古い因習を捨て、 力で新しい世界を切り開こうとするんだよね。 | |
そうやって時を経るうちに、チュクチの人々の暮らしも変化し、クジラや自然にたいする 敬愛も変化していくのよね。 | |
その変化の中で、ずっとナウだけは老婆として生き続けてるの。 | |
ナウは尊敬される存在から、だんだんと疎まれ、忘れられた存在となっていくのだけど。 | |
でも、不死の力を持つのはナウだけだし、大いなる愛を学ばずして知っているのも ナウだけなのよね。 | |
男たちはナウの秘密を探ろうとして、時にはナウと対峙もするけど、 ナウはありきたりの愛のことしか語らない。それこそが真実だってことに気づくのは、難しいんだろうな。 | |
血気盛んで、すべてを知ってやろうと意気込む若い男と、今ではだれも本当だとは信じていない 古い話だけを繰り返す老婆、だんだんとコントラストがくっきりとしていったよね。 | |
物語にはクジラはもちろん、アザラシやトナカイ、シロクマやオオカミといった 動物たちもたくさん出てきて、ツンドラの寒い気候の話もあり、猟や海の怖ろしさもあり、で、自然の静かな迫力がヒシヒシと伝わってきた。 | |
なんだろう、この本が語ってることは単純なのかもしれない。でも、 長い民族の文化から来る深みや迫力があって圧倒されてしまった。薄い本だけど、長い長い物語を読んだような 感動に包まれました。これは次世代に残すべき名作でしょう。 | |