すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ホルドゥバル」 カレル・チャペック (チェコスロヴァキア)  <成文社 単行本> 【Amazon】
8年間、アメリカへ出稼ぎに行ったきりになっていたユライ・ホルドゥバルが、スロヴァキアの自分の村に帰ってきた。 愛する妻ポラナはユライの留守をしっかりと守っているはずだ。鞄にはアメリカドルで700ドルという 大金と、娘ハフィエへの土産が入っている。家に帰るとポラナはよそよそしく、ハフィエはおびえて近づ いても来なかった。おまけに、ユライがいないあいだに雇ったという作男のシェチュパーン・マニアは若く、ポラナは 頼りきり、ハフィエが妙になついている。しかし、なんといっても愛する我家だ。ユライは気にしないことにした。
にえ 今日から3回に分けて、チャペックの哲学三部作といわれる3作をご紹介です。
すみ チャペックは1890年生まれだから、私たちの厳選作家の枠からは ギリギリではずれちゃうんだけどね。
にえ チャペックは兄と「ロボット」って造語を作ったことで有名なSF作家であり、 この三部作のような哲学的な小説も書き、推理小説、童話、戯曲などなど、ホントにいろんな作品を遺した作家さん。
すみ ノーベル賞候補になった直後にお亡くなりになってるのよね。
にえ じつは私たちはこの方のSF作品「山椒魚戦争」を、中学生ぐらいの 頃から、読もう、読もうと言いつついまだに読んでないんだよね。
すみ 今度こそ読もうと決意して、なぜか読んだのは別作品の哲学三部作。 これといった理由もないんだけど、こういうこともあるってことよ(笑)
にえ この三部作を貫くテーマは、チャペックによると「哲学的認識論の範疇に 属する『自分探し』の努力と関連する。」のだそうな。
すみ ふむふむ。
にえ で、この哲学三部作の第一部、「ホルドゥバル」はチャペックによると 「弁証法的発展の第一段階、すなわちテーゼは、『あらゆる人間はそれぞれ独特で相互に不可知な存在である』という 相対主義的な思考である。」とのこと。
すみ わかったような、わからないような(笑)
にえ 解説は難しいけど、小説じたいは難しくなかったよね。
すみ 実際にあった殺人事件をもとにして書いたフィクションだそうで、出来事とユライの心の内だけを 淡々とつづってる形式だから、哲学は置いといて、とりあえず興味深く読めた。
にえ 私たちのような凡人は、小説を読んだあとで解説を読んで、ああ、そういうことだったのかと わかるレベルで良いのよねえ、たぶん。
すみ え〜と、たぶんね(笑) ストーリーは、8年間アメリカに出稼ぎに行ってた 農夫ユライ・ホルドゥバルが自分の田舎に戻ってくるところからはじまるの。
にえ 坑夫として働いて、3000ドル貯めたけど騙し取られて、それから700ドル貯めてのご帰還なのよね。
すみ 問題は、最初の3年間は同郷の仲間がいて、話もできたし、字が書けない ユライにかわって妻のポラナに送金もしてくれてたけど、その仲間が死んでからの5年間は、故郷に送金どころか、 まったく連絡がとれなかったってこと。
にえ それよりもっと問題なのは、5年間は外国語のなかで暮らし、言葉も覚えずじまいだから、 他人とまったく会話をしてなかったってことでしょ。そのためにユライは頭の中だけで他人と会話することに慣れて、 すっかり内向的になっちゃってるの。
すみ せっかく家族に再会できても、幼なじみに再会できても、まともなコミュニケーションが とれないからねえ。
にえ それでも妻や娘の愛をなんとか信じようとしてるのよね。行動だけ見ると不可解で、村人たちも 理解できないようだけど、ユライの心の内を読んでいるこっちとしては、なんともせつなくなってくる。
すみ ようするに、ずっと離ればなれになってた夫婦と間男の三角関係が、 悲劇的な殺人事件へと発展するんだけど、そこに怒り狂った夫はいないのよね。いつまでも妻の愛を信じて、その気持ちを心の中だけで 語りつづける夫がいるの。
にえ 殺人事件後に検事や弁護士たちが推理、検証する、三人の心理が実際とはズレてるところが、 またおもしろかった。
すみ ちなみにチャペックによると、被害者の心臓が紛失してしまうところが、 象徴となっているんだそうな。なるほど〜(笑)