すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「神の子羊」 マーレル・デイ (オーストラリア)  <DHC 単行本> 【Amazon】
人里離れた島にある荒れ果てた修道院に、一人の司祭が訪れた。司教の方針で、この見捨てられた膨大な土地を リゾート地に変える計画のため、視察に訪れたのだ。ところが、修道院には3人の修道女が住んでいた。年老いて、 手作りのぼろのような服を着て、靴さえ履かず、手づかみで食事をとり、羊と寝食を共にしている。世俗とはまったく 接触しておらず、その存在さえ忘れ去られていた老シスターたちの姿に、司祭は驚愕した。
にえ マーレル・デイはオーストラリアで女性私立探偵のクライムのベル・シリーズなどを 書いてる人気作家さんだそうです。
すみ この本は、それまで書いてた本とはまた全然違ってて、オーストラリアではかなり 話題になったらしいよね。
にえ あえてジャンルをくくるとすれば、サスペンスかな。かなり純文学寄りのサスペンスだけど。
すみ 私たちがゴチャゴチャ言うより、あとがきに載ってた作者の紹介のほうがずっと的を射てると思うよ。 「『眠れる森の美女』とテレビドラマ『ロビンソン一家漂流記』を合わせて、さらにゴールディングの『蝿の王』とスティーヴン・キングの 『ミザリー』、また『三匹の子ブタ』の味付けをしたもの」だそうです。
にえ スピード感はないんだけど、不思議な緊張感が途切れることなく続いてて、 なんか一気に読んでしまったな。
すみ キングの「ミザリー」を知ってる人なら、修道院を訪れた司祭がどうなるかはわかると思うんだけど、 話の主流はそっちじゃないんだよね。
にえ たいして個性のある人じゃなかったしね。重要な登場人物というより、狂言回しのような 役割って気がしたけど。
すみ 興味津々なのは3人の老シスター。3人の過去と閉鎖された世界でのあやうい人間関係、それに まったく文明から隔絶された状態で暮らしてきた3人が、司祭の登場によって知る外の世界への反応。
にえ テレビもラジオもなければ、手紙さえも届かない、訪れる人も長くなく、 敷地から外に出ることもなく、3人はほんとに3人だけで暮らしてるんだよね。
すみ それと羊ね。羊にはそれぞれ、過去にこの修道院にいて亡くなったシスターたちの 名前がついてるんだけど、完全に放し飼いで、外だけじゃなく、食堂でも礼拝堂でも、どこでも好きに出入りしてた。
にえ 3人は日々のことにしても、年間にしても、すべて決められたスケジュールに沿っていて、 決められた日に羊の毛を刈り、それを紡いで衣服にして、食事はカブとイラクサが中心の粗食、聖書をそらんじ、神の御心に従うことだけを意識して、暮らしてるの。
すみ それだけだと、敬虔なシスターたちだけど、知っていくとだんだん気味の悪い違和感が忍び寄ってくるんだよね〜。
にえ ちょっと野生化してたよね。鏡も見ないし、体を洗うこともほとんどなく歯は真っ黄色、 服はズタボロ、靴も履かず、ベッドも使わず羊と寝て、食事は手づかみでフォークの使い方さえ忘れてて。
すみ 食後に編み物をするんだけど、そこでかならずお話をするんだよね。 「美女と野獣」とか、「眠れる森の美女」とか、「白鳥の王子」とか、知ってる話が多いんだけど、 ストーリーはそのままじゃなくて途中から歪んで、変なお話に変えられちゃってるの。
にえ 女の生理の話になってたりして、なんかオドロオドロしいかったり、 いきなり結びになってて話が終わっちゃったり、読んでて戸惑わされて、それがおもしろかったな。
すみ 3人のうち、リーダー的存在なのがイフィジナイア。もともとは大金持ちのお嬢様で、 異常なほど鼻がよく、遠くから人が来るとか、なんでも匂いでわかっちゃうし、人の心の恐怖まで嗅ぎつけちゃうの。
にえ ず〜っと汚れなく生きてるようだけど、じつは秘められた過去があるんだよね。
すみ もう一人がマルガリータ。働きもせずに博打に興じる父親に身売りされた過去を持っていて、 おびえから来る激しい感情は、ときに狂気を含んでいるの。
にえ ふだんはおとなしく、従順な女だから、追いつめられるとなにをするかわからない怖さがあるよね。
すみ あとの一人はもう少し若くて、修道院に拾われて育てられた孤児カーラ。 カーラは修道院の外の世界に一度も行ったことがなく、同年代や年下の者にあったこともなく、つねに子供扱いされていた ために、いまだに無垢な少女のような老嬢。
にえ 足にヒレがついていて、知能にも問題があるみたいなんだよね。いつも好奇心だけで 動きまわって、見つけたものを埋める癖があって、とにかくなにをしでかすかわからないのよね。
すみ そんな老シスターたちの過去がしだいにわかってきて、しかもシスターたちはとうとう 外の世界へ出てみることとなり、なんと文明の利器である携帯電話を手に入れることになり、っていうんだから、読みだしたらやめられなかった。
にえ 女性だけで暮らしている独特のネチネチ感みたいのもおもしろかったな。仲良く揉めごともなく暮らしてるけど、 心の底では互いに対して恨みつらみがくすぶってて。
すみ とにもかくにも、おもしろかったよね。だれにでもオススメってわけにはいかないけど、この独特の小説世界は 他の人にも堪能していただきたいな〜。