すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「愛しのクレメンタイン」 アンドリュー・クラヴァン (アメリカ)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
25歳の詩人サマンサは、裕福な名門家庭で生まれ育ち、検事補を職業とするアーサー・クレメンタイン と結婚し、美術講師のエリザベスという心から信頼できる友人を持ち、自分の詩集の出版も決まり、外見上では 幸せの絶頂といえる状態だった。しかし、サマンサには心にくすぶり続けるさまざまな問題があった。セラピストの カウンセリングを受けながら、<いのちの電話>のボランディア相談員をつづけるサマンサのもとに、みずからを ゴッド(神)と名乗る男が電話をかけてきた。
にえ 巻末の解説を読むまで気づかなかったんだけど、この作家さんは弟との合作、 マーガレト・トレイシー名義で「切り裂き魔の森」などのミステリ、キース・ピータースン名義で「裁きの街」 や「傷跡のある男」などのミステリ、アンドリュー・クラヴァン名義で「秘密の友人」などのサスペンスを書いて いる、多作な作家さんでした。
すみ 「秘密の友人」は読んだよね、抑えた感じの心理サスペンスで、 けっこうおもしろかったけど。
にえ でも、この「愛しのクレメンタイン」はミステリでもサスペンスでもなく、 あえてジャンルを分けるなら、純文学。しかも新境地を拓くってかんじで、新たな試みなのかなと思ったら、 1988年には発表されていた作品。もともとこういうジャンルも書く作家さんだったのね。
すみ なんで今になって和訳出版されたのか不思議な気はしたけど。
にえ 読んでいるあいだ、新しさは感じても古さはまったく感じなかったから、 てっきりごく最近書いたんだとばかり思っちゃったね。
すみ とにかく、初っぱなから驚かされたよ。
にえ 書き出しが、「わたしの性器(カント)は、そもそもは蘭の花だ。小さな密林に咲いた、 一輪の大きな蘭の花。」だからね。
すみ 書き出しからわかるように、性的描写がとにかく多くて、肛門に関する話も 赤裸々に語られてるし、とにかく最初のうちは圧倒されてしまった。
にえ エロティックよりむしろ、一歩間違えればグロテスクのギリギリ、しかも詩的。 こうなると女性読者限定かなって気がしたけど。
すみ あまりにも女性にとって理想的な夫の人物像も、男性にはちょっと受け 入れづらいかもね。
にえ 夫は出来すぎた人だった。名門の出のエリートってだけじゃなくて、 じつは苦労の過去ありで、男らしい上にやさしくて、おもしろくて、妻の精神を尊重してて、ヘトヘトに疲れる ような仕事をしてるのに妻の愚痴を全部受け入れて。いるのかなあ、こんな人。居ても早死にするだろうな(笑)
すみ それでもサマンサは、問題を抱えてるんだよね。
にえ まずは家庭でしょ。成長期のある日突然、親密な関係にあったはずの父親から 避けられるようになったこと、何につけても否定的な母親のこと、優秀すぎて、いつまでも自分を子供扱いする兄のこと。
すみ 過去の恋愛の傷も引きずってるんだよね。身勝手な男にズタズタにされたり、 理想の男性だと思ったらあっさり捨てられたり、自殺未遂を起こしたこともあるし。
にえ 性的な奔放さも、夫だけじゃなくセラピストにも、<いのちの電話>の相談者 にもあっさり恋してしまうところも、なにか開放されてるっていうより痛々しさを感じたよね。
すみ たださあ、夫に依存して、友だちに依存して、セラピストに依存して、となると 弱々しくて、苛立たされる女性を想像しちゃうけど、サマンサはまた違うよね。
にえ 詩人だからだろうね。メソメソしててもどこか冷めてて、遠くから自分を 見ているようなところがあって、弱い自分を責めてるようでも、まっすぐ突き進んでる強さとしたたかさも持ち合わせてた。
すみ 作家の巧さかなあ、すっかり共感して読んでしまったよ。
にえ ラスト近くまでは、ストーリーがあるようでないような流れなのに、 それでも読みはじめたら止まらなかったもんね。
すみ それにしても、ラストの高まりは凄かった。クライマックスの前にサマンサが詩を 作りはじめるんだけど、ちょっと大仰過ぎる詩で、なんだこりゃと最初の一行、二行は思うんだけど、その うちに大きな出来事があって、三行、四行と進んでいき、詩が完成したときには出来事もクライマックスで、 詩と出来事がピッタリ合って、完成した詩を読んだときには鳥肌が立った。
にえ やられたよね。しびれた。誰に勧めたらいいかわからないような 小説ではあるけど、でも良かったな〜。
すみ 共感できるかできないかで、好みがまっぷたつに分かれる小説でしょ。 共感か、嫌悪か。覚悟の上で読むならオススメ。