すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「青いドレスの少女」 シェリ・ホールマン (アメリカ)  <DHC 単行本> 【Amazon】
1831年イギリス、産業革命の真っ最中でコレラの猛威が忍び寄ってきている地方都市サンダーラン ドには、夜になると青いドレスを着て盛り場の夜道に現れる少女がいた。少女の名はガスティン。わずか 15歳だが、重大な障害をもつわが子のため、昼は工場で陶工の助手として、夜は青いドレスを着た娼婦と して働いていた。青いドレスをガスティンに貸し、売春をさせる大家は、<眼>と呼ばれる片目の老婆をガ スティンの見張り役につけていた。大家の弟が店主の<無駄骨亭>で、ガスティンは解剖用の死体にからむ 事件でロンドンを追われた青年外科医師ヘンリーと出会った。ヘンリーは汚名を引きずりながらも、伯父の はからいのおかげでサンダーランドに教室を開き、四人の外科医師をめざす生徒を持つことができたが、 解剖する死体が手に入らず困っていた。わが子を救ってくれるのはヘンリーしかいないと直感したガスティン は、ヘンリーのために死体を調達することを申し出た。
にえ これは濃かったね〜。文章が芝居がかってネッチリとした語り口調で、 読みはじめは、最後まで読めるかなあなんて心配したりもしたんだけれど。
すみ うん。でも、ストーリーが変わってて先が見えなくておもしろいから、途中からは 夢中になっちゃったでしょ。
にえ 感触的には、ちょっとキャサリン・ダンの「異形の愛」に似てなくもなかったよね。 アメリカではいくつかある文学の流れのなかに、こういう流れもあるのかな。
すみ う〜ん、この本は歴史的な背景が色濃いから、そんなに似てるとは思わないけど、 根底に流れる愛のせつなさとか、利己的な男につくさずにはいられなくなる女性像とか、 異形の人間のグロテスクさとか、ゆがんだ人物像とか、共通点はまあ、多いのかな。
にえ グロテスクさやゆがみは強調されすぎてなかったけどね、でもなんか感触が近かったの。
すみ それより、作品を書くにあたってかなり緻密な歴史取材をしているとかで、 歴史の流れのもって行き方はもちろん、当時の風俗とか、時代なりの人物像とか、かなり丁寧に書かれてたよね。
にえ まあ、女の人の唐突なカマトトぶりとか、ちょっと無理に型にはめてるなと思う部分も あったけど、たしかに、19世紀のイギリスの庶民たちの暮らしがリアルに伝わってきたかな。
すみ とくに上流階級、中産階級の豊かな人たちと、低賃金で扱き使われ、 死んでいくだけの労働者階級が一緒に暮らす社会の対立やら憎しみやら、気の遣い合いやら、そういうのが すごくじょうずに描かれていて、説得力があったよ。
にえ うん、芝居小屋とか、ガスティンが働く陶器工場の描写なんかも細やかで迫力があったしね。
すみ ガスティンの雇われ方の複雑さもリアルだなと思った。ガスティンは工場で 働いてはいるんだけど、他の人と違って工場に雇われてるんじゃなくて、出来上がった陶器を工場に買い取ってもらっている陶工に 雇われてるの。
にえ 賃金は少なくて、きつい労働だけど、絵付けをしている少女たちよりはマシなんだよね。 絵付けをしている少女たちは、使っている有害な塗料のために痩せ細り、使いものにならなくなると解雇され、あとは 死んでいくだけ。
すみ ガスティンと同じアパートに住む女性も悲惨だったよね。マッチ工場で 燐を塗る仕事をしていて、燐のために顎の骨が溶けて顔が変形してしまってるの。
にえ そんな中でも、ガスティンは私生児として産んだ我が子を育てようと、 必死で働いてるんだよね。
すみ その子は体の一部にとんでもない異常があって、長生きはできそうにないんだけど。
にえ ガスティンが働いているあいだ、その子は大家の娘の通称ピンクっていう 幼女に預けられてるんだけど、ピンクがまたおかしな容姿のうえに知能もふつうより低いみたいで、父親からは ひどい扱いを受けててかわいそうなの。
すみ 大家はピンクより、飼っているネズミ取りチャンピオンのイタチのほうが 大事みたいなんだよね。
にえ ガスティンはこういう恵まれない環境にはいるけど、じつは賢くて、 人を見抜く能力があるの。
すみ その能力で、この人はと見つけたのがヘンリーなんだよね。ただ、ヘンリーはロンドンでは トップクラスのエリート医師だったこともあって、たしかに信頼できる青年外科医ではあるんだけど、人間的にはかなり疑問。
にえ 外科医としての技術の向上や知識の蓄えを増やしていくことがなによりも最優先で、 そのために死体に固執しすぎて、人の心は失いかけちゃってたね。
すみ そんなヘンリーにも婚約者がいるの。海運会社の社長令嬢で17歳、なかなかの美人で、 名前はオードリー。この娘はボランティアに励み、ヘンリーに尽くそうとして署名運動までやらかすんだけど、 ヘンリーを怒らせてしまうことに。
にえ 不思議なことに、ガスティンとオードリーは容姿が似てるのよね。違う階級、違う暮らし、 違う心、でも見た目は似ている。この対比は鮮やかだったな。
すみ ヘンリーのためにガスティンは死体を手に入れようと芝居を打ち、鍵を開けて導き、 と連続死体泥棒の共犯みたいになってしまうのよね。この二人の行為は、やがて騒動の引金となるんだけど。
にえ しかも、ヘンリーは感謝するどころか、ガスティンの子供に目をつけて、 自分の研究材料にしようとするしね。
すみ 登場人物たちのそれぞれの行く末があり、背景として労働者階級とブルジョア階級の 対立の激化があり、コレラの蔓延があり、と最後のほうは気になることだらけになっていくんだけど、すべてはやがてひとつに なって、壮絶なラストに向かっていくんだよね。
にえ かなり残酷、でも救いもあった。とにかく素晴らしくよく書けてたな、読んだあとの満足度は高いよ。
すみ ただ、かなり濃いから、オススメは迎え撃つ覚悟のできる方限定ってことで。