すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ヒヤシンス・ブルーの少女」 スーザン・ヴリーランド (アメリカ) <早川書房 単行本> 【Amazon】
オランダの画家フェルメールは、不遇の生涯のうちに40枚ほど絵を描いたといわれている。そのうち、 所在がわかっているのは30枚から35枚で、残りの絵の所在はいまだわからない。なぜなら、フェルメールの 絵は署名がないものも多く、また署名じたいもすでに7種類が発見されているからだ。いまだ発見されていない 絵のうちの一枚と思われる「ヒヤシンス・ブルーの少女」と題された絵は、さまざまな人の手に渡り、各人の 人生をかいま見てきた。一枚の絵をめぐる8作の連作短編集。
にえ 最初に言っておきたいのは、この本の表紙の絵はフェルメールの「青いターバン の少女」、もしくは「真珠の耳飾りの少女」と呼ばれている作品で、「ヒヤシンス・ブルーの少女」ではありません。
すみ 「ヒヤシンス・ブルーの少女」は作者が空想で作り上げた架空の絵なのよね。
にえ でも、本当にありそうな絵なんだよね。窓からは光が射し込み、ブルーのドレスを着た ブルーの瞳の少女がこちらを見ている。テーブルには東洋のタペストリーがかかり、壁には地図がはられていて、窓には彫刻を ほどこした真鍮の掛金がついている。窓際にたたずむ構図や、部屋のインテリアはフェルメールの絵によく見られる背景だし、ブルー のドレスも、フェルメールが好んで絵の女性に着せていたし。
すみ 読んでる途中でフェルメールの絵を見たくなったんだけど、画集なんて 持ってないからネットで検索して、絵をながめたんだけど、想像がますます膨らんで、「ヒヤシンス・ブルーの少女」という絵が 本当に目の前にあるような気がしてきちゃったよ。
にえ さて、この本なんだけど、その「ヒヤシンス・ブルーの少女」という 一枚の絵の所有者を現代から過去へと遡っていく連作短編なの。
すみ フェルメールの真価が認められ、高額で取り引きされるようになったのは、 ほんの最近。おまけに絵のもとの所有者は、フェルメールがつけが払えずに絵を手渡したパン屋や食品雑貨店の店主だから、 遡っていくと所有者はけっして裕福な貴族階級の人たちってわけでもないのよね。
にえ まったく無名な画家でもないんだけど、それほど高く売買されていない絵、 だからこそ、いろんな人の手に渡っていくんだよね。
すみ フェルメール自身が、お金持ちの肖像画とかじゃなく、市井で暮らす人たちの 美を追究した画家だから、まさにこの小説はフェルメールにピッタリくるわけよね。
にえ しかも、気に入っていた絵を手放さなければならない悲しい事情があ った人たちの物語だから、それもまた、フェルメールにピタッとくるのよね〜。
すみ 最初に出てくるのは、アメリカのある町の数学教師。自分から目立たないように、 目立たないようにと暮らしているこの数学教師は、じつは「ヒヤシンス・ブルーの少女」の絵を隠し持ってるの。
にえ 父親が戦時中にナチス親衛隊で、ユダヤ人家族を連行したとき、その家にあった この絵がどうしても欲しくて、盗んでしまっていたのよね。
すみ 絵の美しさに魅了され、父親が亡くなったあともただ絵を守り、息をひそめて暮らす 悲しい男の物語に、けっこうジンときたな。
にえ 彼に批判的な同僚の美術教師の目を通して語られてるから、甘口ではないんだけど、 そこがまた良かった。
すみ 次が、無気力で、むっつりしていると家族に決めつけられているユダヤ人少女 のお話。父親がオークションで絵を買ってくれたのは、少女にとっての数少ない素敵な思い出のひとつ。
にえ 父親はダイヤモンドの商人で、鳩を飼ってるんだけど、この鳩が重要を はたしてるのよね。
すみ その次が、娘の結婚を前にして揺れる老夫婦の話。夫は「ヒヤシンス・ブルーの少女」の絵を見ると、 初恋の人を思い出しちゃうんだよね。
にえ それから、好きでもない男と結婚してしまった夫人のお話、働き者で無口な農夫と結婚しなが ら、どうしても美しいものがそばにないと生きられないと嘆く女性、魔女の刻印を押され、処刑されることになった呪詛を信じる少女と エリート学生の恋、とその先もまた続いていて、時代を遡らせながら、話がひとつずつ紡がれていくのよね。
すみ どの話もすごく余韻があって、美しかった。しかも、前の章で誰かが手に入れた絵が、 実はこういう経緯で手放されたんだって次の章でわかる仕組みになってて、それもまた楽しめるのよね。
にえ どの登場人物もどこか弱いところのある人ばかりで、その弱さが共感できる弱さで、 なんともせつなく悲しかったな。
すみ しかも、「ヒヤシンス・ブルーの少女」が本当にフェルメールの絵なのか、 描かれている女性は誰なのかってのが、最後にはわかる仕組みで、推理小説的な楽しみまであるの。
にえ どの話もよくできてて、しかも時代背景まできっちりしてて、本当に質の高い、 いい本だった。大満足。もともと絵にまつわる小説って好きなんだけど、これはとくに良かった。
すみ フェルメールの絵の、暗い部屋、射し込む光、印象的なブルーがそのまま 小説になっているようだったよね。これはオススメ!