すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「夜明け前のセレスティーノ」 レイナルド・アレナス (キューバ) <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
僕のかあちゃんは井戸に飛び込むよって駆け出すけど、本当に飛び込んだことは一度もない。 じいちゃんは僕を鞭で叩き、ばあちゃんは僕があげた十字架をこっぱみじんにしてかまどの火にくべる。 一生懸命働いているけれど、僕たち家族はいつも飢えている。外に出れば他の子供たちに囃し立てられ、 虐められる。僕の友だちはいとこのセレスティーノだけだ。セレスティーノは僕たちと一緒に暮らしている。 あまりしゃべらないけど、いつも木に詩を書いている。子供たちにテテナシゴとなじられ、じいちゃんは セレスティーノが詩を書いた木を片っ端から切り倒すけれど。
にえ 私たちにとっての、初レイナルド・アレナスです。この作品がアレナスの デビュー作で、ライフワークとしていた五部作、ペンタアゴニア(ペンタ=五つの、アゴニア=苦悩)の第一部に あたるのだそうです。
すみ レイナルド・アレナスはこの作品で1965年に、キューバ作家芸術家連盟の コンテストで選外佳作を受賞するけれど政府による出版拒否で3年間本は出版されず、その後も同性愛を理由に投獄、 拷問、強制労働、それからアメリカに亡命してエイズと癌に苦しみ、1990年に自殺と波瀾万丈の人生だったみたい。
にえ この本は私、最初のうち、これは小説なのかな? 詩なのかな? って ちょっと悩んでしまったんだけど。
すみ そういう既成の枠からは完全にはみ出してるよね。
にえ レイナルド・アレナスの少年期がモデルになって書かれているのはたしかなんだよね。 でも、少年期に起きた出来事を綴ってるんじゃなくて、少年の頭の中が書かれている、と言えばいいのかな。
すみ 南米文学のマジックリアリズムにはそろそろ慣れたかな、なんて思ってたんだけど、 この本はそういうのを完全に越えて、ぶっ飛んでたよね。これが1965年に書かれたなんて凄すぎ。これを読んだあとで 小説を書かなくちゃいけなかった南米作家さんたちがかわいそうになってしまったんだけど(笑)
にえ 途中で、これは精神を病んだ少年の頭の中をのぞきこんだ、ホラー小説的な ものなのかもしれない、なんて思いもちらついたりしたんだけどね。
すみ それにしては、不幸を笑い飛ばしてしまうようなところがあったでしょ。
にえ う〜ん、でも、それもひっくるめて、なんか圧迫感のある恐怖がにじり寄って くるみたいだったけど。
すみ まあ、事実と想像世界の線引きなんてできないまま進んでいくからね。とりようは いろいろあるかもしれない。
にえ うん、線引きはできないね。じいちゃんも、ばあちゃんも、かあちゃんも、壮絶な死を遂げたかと思うと、次のページでは 生きてるし、腕が食べられちゃったかと思うと、次のページでは斧を持ってたりするし。もう混乱させられまくった。
すみ 同じ言葉が大量に繰り返されてたり、引用文が1、2行だけ書いてあるページや、何も書かれ ていないページもあり、戯曲のような構成になっているところもあり、「終」って書かれてるのにまだ続いたり。
にえ 昔の流行ったとかで、書かれた詩の文字の並びが全体で見るとひとつの絵になってたりするってのが あったでしょ、あれを思い出したな。
すみ うん、全部をひっくるめて、本じたいが前衛的な芸術作品になってるみたいな、 そんな感じだよね。
にえ 結局、この本の魅力は、読んだ人を絶句させることにあるのかもしれない。
すみ ストーリーなんてあるようでないようなものだから説明するのも変なんだけど、 あえて説明するなら、キューバの田舎も田舎の貧しい村で、家庭には憎しみと暴力があふれ、詩を書くなんて女々しく恥ず かしいことだと偏見のある人たちのなかで暮らしている少年のお話、とだけ言っておけばいいのかな。
にえ 逃げ出したいという少年の心理がセレスティーノを生み、セレスティーノが 少年を悪夢の幻想世界へ誘い、完全に追いつめられた悪夢のなかの絶叫が究極の原色美となって作品になって る、なんて無理して語ってみたりして(笑)
すみ 謎解きを楽しむ本とか、ストーリーを楽しむ本とか、文章の美しさを堪能する本とかいろいろあるんだけど、 これは頭の中を掻き回されることを楽しむ本、なのかな。お好みでどうぞ。