すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「神の創り忘れたビースト」 ジム・ハリスン (アメリカ)  <アーティストハウス 単行本> 【Amazon】
3つの中編を収録。
 <神の創り忘れた獣> 不動産と稀覯本の売買でかなりの財産を稼いだ初老の男ノーマンは、 ミシガン州ミューニシングで死んだ青年ジョーの検死審問には行かなかった。ノーマンはミューニシングにあるキャビンで 毎夏を過ごしていたのだが、そこでは野生児のように暮らすジョーの世話を焼いていた。ジョーはオートバイ事故で視覚記 憶障害を起こし、ほとんど何もかもを忘れたような状態で日々を生きていた。
 <西への旅> ミシガン州のインディアンのブラウンドッグは、インディアンの秘密の墓地を 守るため、二人の人類学者のテントを焼き払い、発掘現場に爆竹を投げ込んだために留置所へ入れられることを怖れ、 仲間のローン・マーティンとともに逃亡の身だった。ところがローンはブラウンドッグの大切にしている熊の毛皮を乗せた車ごと いなくなってしまった。熊の毛皮を取り返すため、歩いてロサンゼルスに向かっていたブラウンドッグは、成功した映画の脚本家である ボブと知り合った。
 <スペインへいくのを忘れていた> 駅などで売られている有名人の短い伝記本のシリーズを書くことで財産を築いた わたしは、二十年以上前に九日間で終わった結婚相手であるシンディが、絶滅しそうな植物を保護するために世界中を駆け回っている女性として 雑誌に紹介されているのを見て、シンディに電話をかけてみることにした。
にえ 私たちにとっての初ジム・ハリスンです。アメリカでは、とっても人気のある 作家さんみたい。
すみ 読んで納得じゃなかった? この本に収録の中編3編を読んだだけだけど、 主人公の人物設定がピンチョン作品に似てて、これはいかにもアメリカの男性読者に好まれそうな感じだな〜と思ったんだけど。
にえ それよりも私は、この作家さん独特らしい不思議なテンポをおもしろ いと思いながらもなかなか馴染めなくて、最初のうちは読み進めるのに苦労してしまった。
すみ そう? かなり心地の良い文章運びだと思ったけど。なんか無駄話みたいな ものが挿入されつつ、ストーリーが少しずつ展開していくんだけど、それがニマニマと読める感じで、飽きさせないの。
にえ 私は二番めの「西への旅」だけはスンゴイおもしろくってどんどん読んだけど、 最初の「神の創り忘れた獣」はちょっともたついたし、三番めの「スペインへいくのを忘れていた」はチト息切れしたかな。
すみ う〜ん、だいたいからしてストーリーを追ってぐんぐん読むようには書かれてないんだから、 本のペースに合わせてノンビリ〜と読めばいいんじゃないの。
にえ そりゃまあ、そうなんだけど。なんか男の人がウィスキー系のアルコールをロックでチビチビ飲みながら読むのに 最適な本って気がしたね。
すみ ちょっと前の作品にも使った言い回しを、次の作品でまた使ったりするところが気にならなくもなかったけど、 全体としては上質の小説を読んでる〜って心地よさに浸れる、いい本だったよ。私は3編とも好きだった。
にえ 「神の創り忘れた獣」は国立公園が近くにある、かなりアメリカの原自然が残る場所での話なんだよね。
すみ 一人称語りの小説で、語り手は初老の男ノーマン。ノーマンはけっこう財産があるのが自慢だけど、 どうせあとは死ぬだけだしな〜みたいな投げやりなところがあり、成功したわりには自分が凡人だということとか、あんまり女性にもてない ところとかにコンプレックスもあり、でも、どうせあとは死ぬだけだしな〜みたいな(笑)、そういう人。
にえ ノーマンはジョーって青年の保護者でもなんでもないんだけど、なんか庇ってやる立場に なっちゃってるのよね。
すみ 庇ってるけど、ジョーの記憶もなく飄々と暮らすところや、やけに女にもてるところが ちょっと羨ましくもあり、振り回されても別に暇だからいいかな〜ぐらいの感じで、そんなに救ってやりたい!みたいな意識はないんだけどね。
にえ ジョーは国立公園のなかの自然に親しみ、寝たいところで寝て、食べたいときに食べて、 場所にマッチした暮らし方をしているようなんだけど、国立公園にはさまざまな規則があって、管理局の役人たちにとっては、 ジョーは規則を破ってばかりいる厄介者なんだよね。
すみ 野生児のように暮らすジョーと、ジョーの体に探知機をつけたり、薬物漬けにしようとしたりする人たち、 共存は難しいよね。
にえ 二番めの「西への旅」は自然のなかで暮らしていたインディアンのブラウンドッグが主人公。 年のわりには純情すぎて、初めて海を見て感激したり、バカと言われてメソッとしたり、大都会のロサンゼルスでは浮きまくってるのよね。
すみ ブラウンドッグと知り合い、行動をともにするボブが好対照なんだよね。嘘だらけの経歴をならべたてて 周りの人を煙に巻き、やさしさもタップリあるけど、うまく世渡りすることが一番大事って感じの人で。
にえ ボブはブラウンドッグのために、パソコンや自動車電話を駆使して、あっという間に ローンを見つけちゃうけど、ブラウンドッグはそれはそれで、なんだか傷ついちゃうのよね。
すみ 「スペインへいくのを忘れていた」は、伝記本シリーズで財産を築き、 早くに両親を亡くした妹や弟まで裕福にしてやってる男の人が主人公なんだけど、場所は限定されず、なん だかあっちに行ったり、こっちに行ったり、忙しく飛び回ってた。
にえ この人もまた、二十年以上も前の離婚をズルズルと引きずってたり、 理想通りの生き方ができなかった敗北感も抱えてたりして、なかなかやるせない人なのよ。
すみ みんな酒におぼれかけちゃったり、ちょっと麻薬をやったりもしつつ、 女性には翻弄されっぱなしで、いい歳をして純情で傷つきやすい、なんとも憎めない男性主人公たちだよね。
にえ 好きになったらハマル作家さんだね。ただ、チョッピリずつ麻薬をやってたりとか、 チョッピリずつ金で買う性行為があったりとか、そのチョッピリ、チョッピリが積もって女性読者の嫌悪の対象になりがちかなって気もしたけど。
すみ うん、好みは分かれそうだけど、上質のユーモアがタップリ織り込まれた文章の上手さといい、 やるせないながらも心地よい独特の感触といい、好きになれば追いかけたくなる作家さんだと思うよ。好きそうならどうぞ。