すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「貴門胤裔 きもんいんえい」 上・下  イエ・グワンチン (中国) <中央公論新社 単行本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉
愛新覚羅の末裔で、父は清朝から授けられた鎮国将軍の肩書きを持つ、北京でも名門中の名門である 金一家には3人の母親と、14人の子供がいた。その末っ子で七女の、好奇心旺盛、きかん気の強い舜銘は、 みんなから「ねずみっ子」と呼ばれ、かわいがられていた。現在、大家族だった金一家は清朝崩壊、中華民 国成立、国共分裂、中華人民共和国成立さらに文化大革命を経て、舜銘の一人が残っているだけだ。舜銘は、 懐かしい兄たち、姉たちについて少しずつ語りはじめる。魯迅文学賞受賞作品。
にえ これは、葉赫那拉(エホナラ)氏の末裔で、西太后が大伯母にあたるという、 正真正銘の清朝有数の貴族の出である女性作家が書いたかなり自伝に近い小説です。
すみ 9つの章で、一人ずつの兄や姉の話が書かれてて独立してるから、短 編集のようでもあるのよね。でも、読めば読むほど金一家のなかの時代の流れがわかってきて、登場人物に も親近感がわいてくるから、つながってるともいえる。
にえ なんかねえ、もうスンゴイよかった。落ちぶれていく一家、兄姉たち の悲しい人生、悲惨な死に様、ジンとくる話ばかりなんだけど、感傷的で暗く語られるんじゃなくて、 ユーモラスな表現もありで、ぜんたいに余裕が感じられる、ゆったりとした文章なの。
すみ 知識の豊富さも素敵だったよね。一家は京劇好きで、自分の 家に舞台があって、自分たちで京劇を演じたりするんだけど、京劇のセリフがうまいところで引用されてたり。
にえ 年代物の陶磁器や宝玉についての蘊蓄もたっぷりあれば、漢詩も出て きて、まさに中国の歴史に浸れる内容だったよね。
すみ それにね、家にあたりまえのように宝物がゴロゴロとあって、それが どれも中国で二つとないものだったり、スゴイいわくつきのものだったりするんだけど、語り口がぜんぜん自慢げじゃなくて、 それがかっこよかった。
にえ 私たちみたいな庶民がこの先、めいっぱい努力して大金持ちになって 宝物をたくさん持つことができたとしても、こういうスンゴイお宝をさりげなく紹介するっていう自然さが 身につくことはないよね。自慢したり、卑下したり、どうしても不自然になっちゃう。こういうのはもう育ちの 問題だよね〜。
すみ あとさあ、先祖の話で、愛新覚羅や西太后、溥儀なんかが当たり前に 出てくるのも驚きだったし、迷惑な親戚ってことで川島芳子の名前が出てきたり、圧倒されたよね。
にえ そういう話が、ごく普通の、親しみやすい口調で語られていくんだから、 それだけでももう読む価値ありでしょ。そのうえ、話のひとつひとつが奥行きの深い、魅力タップリの逸話だから、 もうたまらない。
すみ しかも、母親が3人で、兄弟が14人、それに親戚や使用人まで加わ るんだから、登場人物の名前をおぼえるのが大変そうと思ったら大間違いなの。たとえば兄弟は上から老大、老二……老七って 書かれてて、姉妹は上から大格々、二格々……七格々って書かれてるから、名前をぜんぶ覚えなくてもすむし、 番号がふられているようなものだから、登場人物一覧での確認も楽で、煩わされる心配なし。
にえ 第一章は、長女の金舜錦についてのお話。西太后似の美女で、京劇の舞台に立てば 美声で聴衆を魅了するのだけれど、我儘で人に従うってことがない女性だったんだけど、身分は低いけれど教養があり、 胡琴のうまい男性と出会って、変わっていくの。
すみ とはいえ、身分にふさわしい相手との縁談は決まっているのよね。 ちょっと宮尾登美子の小説世界にもダブるようなラストで、余韻深かったな。
にえ 第二章は、兄弟仲の悪かった老二、老三、老四、つまり次男、三男、 四男の三人のお話。青年の頃の、とっくみあい、物を投げ合う兄弟喧嘩からはじまって、一人の女性の奪い合い、 文化大革命とかの歴史も関わり、深い溝が出来てしまうのよね。
すみ 三人の遊び仲間だった順福という元警察官も絡んでくるんだけど、 文革時に自分の身を護りたい一心で、ありもしないスパイ容疑を互いになすりつけあったりして、すさまじい 話だった。
にえ 貴族の良家とはいえ、金家ではかなり子供たちが粗雑に育てられてて、 漢詩を口ずさむ教養があるかと思えば、物を壊しての大喧嘩もありで、そういう昔話のところはけっこう楽しかったよね。
すみ 第三章は二格々、つまり次女のお話。この次女は金一家のなかでも、とびきりの 美人だったんだけど、父親に反対されてた人と駆け落ちして、家には帰れなくなっていて、末っ子の舜銘はとうとう 二格々が亡くなるまで、その顔を見ることができなかったの。
にえ 第四章は大叔母とその娘の二人がいる家の話。そこは蒙古の親王の家系で、金一家 よりもさらに身分が上なんだけど、跡を継ぐ子供がなく、バオリーゴって養子をもらうんだけど、逃げられちゃったのよね。
すみ 舜銘は生まれた年月日が縁起がいいってことで、毎年その家に滞在しなくちゃ ならないんだけど、なかなか息苦しい家。行きたくもない親戚の家に行かされる辛さってのは庶民の私でも共感できたわ(笑)
にえ バオリーゴがいなくなっても、なおバオリーゴが自分を遠くから庇護してくれている と信じつづける大叔母の娘がなんとも哀しかったな。それだけに、ラストのほうでハッとさせられたんだけど。
すみ 第五章は四格々、つまり四女である舜鐔の話。ケンブリッジ大学で 博士号をとり、建築関係の学者となった才女の舜鐔と、幼なじみの寥世基の不思議な関係のお話。
にえ 舜鐔と寥世基は互いに建築家になることを誓い合うんだけど、身分が 低くて経済的にも余裕のない寥世基は、平凡な建築士にしかなれないのよね。
すみ 二人は別々の道を歩み、それぞれの身分にあった人と結婚するけど、 でも、心の底ではずっと思い合い、なにかあれば我が身を捨ててでも助けようとするの。私はこの話、 とくに好きだったな〜。
にえ 第六章は甘やかされて育ったためか放蕩の末に亡くなってしまった老五、 つまり五男の息子金端の話。この金端ってのがまた、ダラダラと寝てばっかりでぐうたらなんだけど、おかしな きっかけで、最後の最後に人が変わったようになります。その顛末が骨董品がらみでとにかくおもしろかった。
すみ 第七章は、五格々、つまり五女の舜鈴とその夫の話。離婚して、別の人と結婚して、 でもまだ深く関わり合っている不思議な関係よね。
にえ 第八章は、はっきりとはわからないけど父の妾だったらしき女性の息子と舜銘の 再会の話。子供の頃は舜銘を徹底して嫌っていたその息子は、老人同士になってふたたび出会い、どんな態度をとるのか。
すみ 第九章は、金一家の兄弟の中でも一番魅力的な、穏やかで教養のある画家、老七の舜銓の話。 愛し合い、婚約をしていた女性を兄に横取りされた舜銓のその後の人生。悲しくも、胸をうつお話でした。
にえ というわけで、これだけ喋ってもこの本の魅力は語り尽くせませんが、とにかく特大級で オススメマークをつけたくなっちゃう、ホントに素敵な本でした。ぜひぜひ♪