すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「満たされぬ道」 上・下  ベン・オクリ (ナイジェリア→イギリス) <平凡社 単行本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉
独立前のナイジェリアの貧民街(ゲットー)で、アビクが生まれた。アビクとは、同じ母親から何度も 生まれては死んでいく精霊の子のことだ。生まれても生まれても、住み心地のいい精霊の故郷に戻ってしま うアビクたちだったが、このアビクは死なずに生き続けることに決めた。アザロと名付けられた死なない アビクは、戻ってこいと再三に渡って呼びかけ、邪魔をし、力ずくで連れ去ろうとする精霊たちの妨害にも めげず、人間の世界で生き続けた。
にえ これは1991年度のブッカー賞受賞作品です。それにしても、 ブッカー賞はイギリス以外の国出身の作家さんが多いね。
すみ ナイジェリアの作家さんの本って読んだことないから、これはいい機会になった。 ワールドカップで気になってた国だし。
にえ ナイジェリアは、15世紀から300年の長きにわたり、ポルトガル、 オランダ、イギリスなどの国の奴隷貿易の中心地になっていた国で、19世紀からはイギリスの植民地で、 1960年になって独立、1963年にナイジェリア共和国となったんだけど、今でもイギリス連邦には 属しているみたい。人口はほぼ日本と同じ、面積は2.7倍ぐらい広いけど。
すみ この本は、そのナイジェリアが舞台で、しかも、ナイジェリアに古くから 伝えられる「アビク」の伝説をもとに話が作られてるんだよね。
にえ ナイジェリアのアビク伝説については、死者が亡霊となって生き返ることを 言う場合もあるらしいから、この本でのアビク伝説は、ナイジェリアにいるたくさんの種族のなかの一部では、 この説になってるってことかな。
すみ 哀しい伝説だよね。同じ母親のもとに何度も生まれては死んでいく精霊の子の伝説なんて。 それだけ何度も生まれてすぐの子供を失ってしまう母親が多くて、それを慰めるために作られた伝説って気がしない? アビクだ ったんだよ、現世よりずっと美しく楽しい精霊の世界に帰ったんだよって。
にえ でも、この本の主人公アザロは、アビクだけど死んだり生まれたりを繰り返すのが面倒で、 それにたぶん現世を愛しはじめてもいて、それで精霊の世界には帰らないの。
すみ 本当はすぐに死んで精霊世界に帰るはずのアビクだから、これは赦されないことなんだよね。
にえ 悪霊が連れ去ろうとしにきたり、他のアビクたちに囁かれたり、精霊の王に助けられたり、 現実世界に生きていても、つねに精霊世界と隣り合わせだったね。
すみ 普通に道を歩いていたら、いきなり精霊の世界に足を踏み込んでいたり、家の中に 急に悪霊があふれかえったり、人の夢の中に入ってっちゃったりするから、現実世界の話ような、幻想世界の話ような、 不思議な読感の小説世界だった。
にえ 現実世界では、ナイジェリアに次第に政治意識が高まって、でもまだ混沌としていたり、 ゲットーの貧しい人々と金持ちの人々の対立があり、もっと貧しい乞食の人たちとの対立もあり、ナイジェリアという国、 独立前という時代の問題がけっこう浮き彫りになってた。
すみ アザロの家も大変そうだったよ。アザロのお父さんがいきなりボクサーになろうと したり、政治家になろうとしたりして。なかなか困ったお父さんだったよね。
にえ でも、アザロだって何度も死にかけたり、人んちのガラスを割ったりと、両親に お金の負担ばっかりかけて、お母さんは大変。いつもは優しいけど、ときどき弱気になって、なんで私ばっかり不幸に なっていくのと嘆くお母さんの気持ちはよくわかる。
すみ でも、二人ともアザロを愛してるのが伝わってきて、微笑ましかったよね。 けっこう鞭で叩いたりするし、やさしいばかりの親ではないんだけど。
にえ 脇役がまたおもしろいのよね。ヤシ酒とトウガラシ・スープを出す飲み屋の 店主マダム・コトは、特に印象的な存在だった。
すみ 大男を投げ飛ばすような女だけど、困った人には救いの手をさしのべ、 そうかと思うと権力と金の亡者みたいになって、悪徳政治家の支持者になったり、なかなか不思議な女性だったよね。
にえ あと、写真家っていう人もおもしろかった。町の写真屋さんだったんだけど、 権力者の横暴をあばくような写真を撮って新聞に載り、命を狙われて逃げ回りつつ、要所、要所では姿を現すの。
すみ だったら、盲目の老人がおもしろかった。盲目だけど見ることができて、 いろんな楽器で、みんなの頭がおかしくなるような音楽を奏でることができるの。この人もまた、マダム・コトと同じで、 善の側なのか、悪の側なのか、わからない怪しさがおもしろい存在。
にえ お話としては、いろんな出来事があって、何度も大騒ぎが起こるけど、 結局はアザロたちは貧乏なままだし、みんなの生活もそんなに変化がないし、ただただ必死で生きてた〜ってのが 強く残る印象。
すみ 読んでるあいだの印象は、これは児童文学じゃないの?って感じで、 児童文学がブッカー賞とることもあるんだ〜と驚いてたんだけど、読み終わったら、やっぱり大人の小説 だったなって気がした。
にえ 薬草医ってのがたびたび出てくるから、薬草を使う医師のことだろうと思ったら、 霊力で病気を治したり、占ったりする呪術師のことだったり、お酒のオゴゴロとか、動物のダイカーとか、耳慣れない単語が たくさん出てきて、ナイジェリア色の濃さがストーリーとともに楽しめたな。
すみ ちょっとしたお話もいっぱい出てきて、それもまたおもしろかったよね。 アフリカのナイジェリアを舞台にした、かなり児童文学的な雰囲気だけど味わいのある小説、好きそうだと思ったらどうぞ。