すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アトランティスのこころ」 上・下 スティーヴン・キング (アメリカ)  <新潮社 文庫本> 【Amazon】 〈上〉 〈下〉
1960年代、コネティカット州の田舎町で暮らすボビーには父親がいなかった。不動産業者だったボビーの父親は、 ボビーが3歳の時に、案内した物件のキッチンで急死してしまったのだ。父親が働いていた会社に雇われて、 母と子二人の家計をきりもりする母エリザベスは、ボビーを愛し育ててはいたが、死んだ父親の悪口を言い、 少しでも気に障ればキレて叫きちらし、自分の服は通販で買いそろえても、ボビーにはわずかな小遣いすら 渡すつもりのない女性だった。それでも、11歳になったボビーには、キャロルという女の子とサリー・ジョンという 男の子の親友がいたし、大好きな本もいよいよ大人の小説が読めるようになり、捨てたものではなかった。 そんなある日、ボビーの住むアパートメントに、テッドという初老の男性が越してきた。テッドには、なにか 秘密があるようだった。
にえ 私たちにとっては、スンゴイ久しぶりのスティーヴン・キングです。
すみ これは上下巻分かれてるんだけど、上巻がひとつのお話になってる長編で、 下巻には共通する登場人物が現れながらも、別の独立した話になってる中短編が3つ、それに、すべての締めくくり となる短い話が最後に1つ入ってるって構成の本。
にえ 嫌われる読者の見本みたいなことを言ってしまうと、下巻に入ってる3編は、 別で作っておいたストーリーに、むりやり上巻の登場人物を投入して、最後のお話で、力づくでひとまとめにしたって 感は否めないような気はしますが(笑)
すみ これが原作の映画は、上巻のお話と下巻の最後のお話をまとめて映画化してるそうで、 あいだの3編は抜いちゃってるらしいね。
にえ 今まで長編の映画化というと、え〜、なんでそういう大事なところを省いちゃうの〜って 言いたくなることが多かったけど、これは妙に納得してしまったね。
すみ でも、抜いてもいいかなってだけで、出来が悪いとか、そういうのじゃないのよね。 全部のお話がそれぞれ味わい深くて、いいお話だった。
にえ うん、上巻に入ってる話があまりにも良かったし、自分にピタッと来る話だったから、 下巻で話が変わっちゃったときは、ちょっとガッカリしちゃったけど、どれもきれいにまとまってたし、どれも素敵なお話だったよね。
すみ まず、上巻に入ってるのは「黄色いコートの下衆男たち」。一緒に暮らすのが かなり大変そうな母親と暮らす少年ボビーが、テッドという老人と出会う、少年時代のノスタルジックなお話。
にえ テッドはボビーの心の師となるのよね。子供の本から、大人の本へと 足を踏み出すボビーに、テッドが渡した本は、なんとゴールディングの「蝿の王」。うらやましすぎる〜(笑)
すみ 1960年代だと、ゴールディングがブッカー賞やノーベル賞をとるのは、ずっと ずっと先のこと。テッドはボビーに、「蝿の王」は母親の目の前や学校で読むと叱られるから、こっそり隠れて読むんだ よってアドバイスするのよね。
にえ 1954年に発表されたゴールディングの「蝿の王」って、1960年代だ とそういう扱いだったのね。
すみ そんな本を、でもいい本だからってすすめてくれるテッドが、私たちには うらやましすぎたよね。そういう心の師が私たちにもいればな〜。
にえ 渡す前のテッドの科白がまたいいの。「世の中には、筋立てはそれほど おもしろくなくとも、すばらしい文章で書かれている本がいくらでもある。筋立てを楽しむために本を読むのも わるくない。物語を楽しむことをしない読書家気どりの俗物になるんじゃないぞ。そして、ときには言葉づかいを ……すなわち文体を楽しむためにも本を読みたまえ。そういう読み方をしない安全読書第一の連中みたいになっても いけない。しかし、すばらしい物語と良質の文章の双方をかねそなえている本が見つかったなら、その本を 大事にするといい」
すみ それだったら、短いけどこの科白もいいよ。「それに良書は、たやすく その秘密を読者に明かしてはくれん。このことも、忘れないでもらえるか?」
にえ あとさあ、読書をポンプにたとえる科白もよかったよね。もう、もったいないから 引用しないけど(笑)
すみ テッドがボビーにすすめる本は他にも、ジョージ・オーウェルの「動物農場」、 デイヴィス・グラップの「狩人の夜」、ロバート・ルイス・スティーブンスンの「宝島」、ジョン・スタインベックの 「ハツカネズミと人間」。それに、H・G・ウェルズの「タイム・マシン」と「蝿の王」の類似性を話したり、 映画に連れていってくれるとなると、《光る眼》だったり、もうタマらない人よね〜。
にえ でも、もちろん、キングの小説だから、少年と老人の心の通い合いを 描いたハートウォーミングなストーリーってわけにはいかないの。テッドには他の著作にもつながるダーク ファンタジー的なとんでもない秘密があるし、ボビーの周りでは、さまざまな事件が起きるし、かなり凄まじいことになっちゃうんだけど。
すみ ストーリーは夢中になれるし、ボビーの母親に対する気持ちの葛藤の 描写もよかったし、ちょっと小生意気でかわいいキャロルもよかったし、夢中になりすぎるぐらい夢中になって 読んじゃったよね。
にえ で、下巻の最初の話は「アトランティスのハーツ」。1966年のメイン州立大学で、 ピーター・ライリーって学生が、奨学金をもらって学業を続けるためには優秀な成績をおさめなければならないのに、 学生寮で大流行したハーツってお金をかけるトランプゲームにのめりこんじゃう話。
すみ 大学に残れないってことは、徴兵されて、ヴェトナム戦争に行かなければならない ってことでもあるのよね。
にえ 寮全体がハーツ熱に冒されちゃうんだよね。いろいろ騒動があったり、 もめたり仲良くなったり、男ばかりの学生生寮で生活する、大人になりきれてない男子学生たちがワイワイやってる 様子が伝わってきて、楽しかったよね。
すみ シリアスな部分も良かったよ。学生運動の波がはじめて訪れて、戸惑いながらも目覚めていく 学生たちの姿、個性的な学生たちの真の姿、なんかがときおりかいま見えてきて、ハッとさせられた。
にえ ただ、これは経験者が多いと思うんだけど、もっと大事なことをしなけりゃいけない時期に パチンコとか、麻雀とか、テレビゲームとか、なんでもいいんだけど、そういうことに一時的にのめりこんで、抜けられなくなっちゃう、 その気持ちはわかりすぎて胸苦し〜(笑)
すみ それから、ヴェトナム戦争で盲目になって帰ってきたってことで、 道端で他人の施しを受けるようになった男の真実の姿があかされる「盲のウィリー」、ヴェトナム戦争から 帰ってきてから、戦友の殺した老婆ママの姿につきまとわれるようになったサリー・ジョンのお話「なぜ ぼくらはヴェトナムにいるのか」。
にえ 「盲のウィリー」はピリッと皮肉のきいた短編で、「なぜぼくらは ヴェトナムにいるのか」は、戦争から抜け出せない男の、ちょっとせつなく、ジンと来る短編だったよね。 どっちもよかった。
すみ そして大団円の「天国のような夜が降ってくる」。これは感動したかったら、 この本を手に入れたときに、先にパラパラッと目を通すのは絶対にやめなさいと、ご忠告しておきますっ。
にえ 久々のキングは非常に、非常によかったです。もちろん、オススメ!