すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ラストオーダー」(→「最後の注文」) グレアム・スウィフト (イギリス)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
1990年4月2日、ロンドンの下町バーモンジー地区にあるパブ<馬車亭>に、69歳の男が三人集まった。 もとはくず鉄屋の息子で保健会社の社員だったレイ、昔はボクサーだった八百屋のレニー、葬儀屋のヴィックの三人は、 これからジャックの遺灰を撒きに行くところだ。ジャックは肉屋で、自分の遺灰を「マーゲイトの<桟橋>から海に ほうってくれ」と言いのこして亡くなったのだ。ロイヤルブルーのベンツが三人を迎えに来た。運転手はジャックの養子だった、 中古車ディーラーのヴィンスだ。ロンドンから東へ約百キロ、四人のドライブが始まった。
にえ 私たちにとって2冊めのグレアム・スウィフトは、ブッカー賞受賞作品です。
すみ 日本の翻訳本では、前に読んだ「ウォーターランド」のほうが最新刊で、「ラストオーダー」 は5年前に発刊されてるのよね。でも、もともとは、「ウォーターランド」が1983年に発表された作品で、「ラストオーダー」は その13年後の1996年に発表された作品。読む順序としてはあながち間違ってはいないのだ。
にえ 「ウォーターランド」はイギリスの純文学の極みだな〜って感じで、 その文学的な雰囲気に酔うようだったけど、「ラストオーダー」は、もし自分が小説を書くとしたら、こういう のを書きたいなって思わされるような小説だったな。
すみ 表面的には「ごく平凡」と簡単に片付けられてしまうような地味な人たちの、 その人たちになりに波風の多かった人生や誰にも知られることのない心の裏側、表には現れない人間関係、そういった 人生の機微を浮き彫りにしていくような小説よね。
にえ 亡くなったジャックはご家庭用の精肉店を営む大男で、医者になりたかったけど 兵役で砂漠へ行き、戻ってきてからは父親の跡を継いで肉屋になった男で、妻はエイミー。エイミーとはホップ摘みの アルバイトで知り合ったの。
すみ エイミーは妊娠してジャックと結婚するけど、産まれてきた子供は起きあがることも できないような障害児の娘だったんだよね。
にえ ジャックが兵役でいないあいだに、エイミーは戦争孤児になった近所の子供を引き取ることに。 それがヴィンス。
すみ ヴィンスはジャックの跡を継いで肉屋にはならず、5年間の従軍生活を経て中古車ディーラー となって、それなりに羽振りがよさそう。年上の三人にもタメ口をきくし、表面的にはちょっとイヤな奴なんだよね。
にえ ジャックの一番の親友だったのがレイ。レイは小男で、大男のジャックとは従軍中の 砂漠で知り合ったの。
すみ ジャックはレイを「ラッキー」と呼び、自分に運をもたらしてくれるって、 死ぬまで信じてたんだよね。
にえ <ラッキー>レイは競馬が趣味で、その名の通り、馬券を当てるのが得意で、 みんなの窮地を何度も救ってるの。
すみ ヴィックはジャックの店と向かい合う位置にある葬儀屋の店主で、 二人の息子にも恵まれ、それなりに人生に満足しているみたい。
にえ レニーは心の中で怒りを煮えたぎらせてるみたいだけどね。娘のサリーは 幸せになって欲しかったけど、願いどおりにはいかなかったみたいだし。
すみ ジャック、レイ、ヴィック、レニーの四人は遠出の旅行に行くほどの 余裕もなかったけど、近所のパブ<馬車亭>で酒を酌み交わしては友情をあたため、いい関係を保ってきた ように見えるよね。
にえ でも、長い人生のあいだにわだかまり続けるような過去の出来事があり、 最後まで隠しきった裏切りがあり、ただの仲良しではないの。
すみ 一人一人の人生も、思いどおりにはいかないことばかりで、長く連れ添った夫婦だからって 心が通い合ってるとは限らないし、娘や息子とも、たった一言でこじれて会えなくなってしまうこともあり。
にえ 辛いことがあっても、それはそれとして日々の営みを続けなければいけなかったり、 イヤなことがあったからって、人間関係を切り捨ててしまうわけにもいかなかったり、人生ってそうだよねって 胸にしみてきたよね。
すみ そんなこんなが、散骨に向かうドライブの一日のうちに、少しずつ、少しずつ、 短い章に分かれた各登場人物たちの心の語りで見えてくるの。
にえ すごい盛り上がるシーンがあるとか、怒濤の謎解きがあるとかではなくて、 それぞれの語り口で、静かに静かに語られていくのよね。
すみ 叫びではなく、しょうがないんだ、結局はこれでよかったんだ、って、そういう溜息が 聞こえてきそうな感じだったね。
にえ 途中で、レイとジャックの友情も疑いそうになったけど、最後にはやっぱり 心が通じ合ってたんだなとホッとさせられたし、余韻がジーンときたな。良い小説を読んだな〜ってひたれた。
すみ 「ウォーターランド」よりこっちのほうがずっと取っつきやすいと思ったけど。 最初のグレアム・スウィフトとしても、「ウォーターランド」のあとでも、オススメです。