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 「孤独の発明」 ポール・オースター (アメリカ)  <新潮社 文庫本> 【Amazon】
三週間前、父親が亡くなった。それはあまりにも唐突な死だった。妻と幼い息子ダニエルと暮らしていた私は、 父の死を伝え聞いたときから、父について書かなければならないとわかっていた。そばにいても、存在が感じら れなかった父、その場に最もふさわしい科白を、心もなく言っていたようにしか思えなかった父。父は自分が 幼い頃に亡くなった父、つまり私にとっての祖父の死因を、狩猟中の事故で亡くなったとも、梯子からの落死だ とも、第一次世界大戦で戦死したとも言っていた。真実はどこにあるのか。それが父の不在の人である原因と なっているのだろうか。
にえ 読んではじめて知ったけど、この本が詩人ポール・オースターが初めて 書いた小説にあたるのだそうな。
すみ 自伝的でもあり、散文的でもあり、このあとに書いた、喪失感とともに しっかりストーリーのおもしろさも味あわせてくれる小説群とは、かなり違ってたよね。
にえ 内容はくっきり二つに分かれてて、父親のことについて書かれている 第一部が「見えない人間の肖像」、自分であるAが主人公の第二部が「記憶の書」。
すみ ポール・オースター自身も第二部の「記憶の書」がよりおもしろいと言った そうだし、「記憶の書」から急におもしろくなったっておっしゃる方が多いみたいだから、私がずれてるんだと思うけど、 私は「見えない人間の肖像」をもっと長く読みたいと思ってしまったんだけど。
にえ 存在してないような人のことについて書かれてたけど、不思議に生々しい 存在感があったよね。
すみ そうなの。父親について、初孫の顔を見ても「可愛い赤ちゃんだ。元気に育つといいね」なんて 他人の子供にでもかけるような陳腐な言葉をかけただけで、あとは孫の顔を見ようともしないとか、 そういう描写が続くんだけど、ところどころに、でも、このときは心配してくれたとか、このときは優しい言葉をかけてくれた とか、小説の登場人物としては統一感のない描写があって、それが妙にリアルで、ああ、この人は本当にいたんだなと 肌で感じられた。
にえ 父の不可思議な行動をつづっていきながら、新聞記事なども織り込んで、 やがて家族の秘密という真実にたどりついていくんだよね。
すみ なんていうのかな、人って、今そこにいる人を見るだけじゃなくて、 その人の過去も家族も、すべてを知らないと理解できないんだなあとあらためて思いしらされたし、息子にとってさえ 不可解な存在だった一人の男が、薄く透きとおった状態から、だんだんとくっきり見えてきはじめるその過程が、 とにかく良かったな。
にえ 予想以上に凄まじい家族の秘密は、かなり衝撃だったしね。
すみ とにかくこの父親という人を、読んでいるうちに私も、もっともっと 知りたくなった。
にえ 第二部の「記憶の書」は、シンプルだった第一部より、多くのものが詰め込まれてたよね。 ひとつの流れに沿った話じゃなくて、あの話が出てきたり、この話が出てきたり、といった感じだったし。
すみ 詩人としての自分のアイデンティティーの確立、息子への愛、さまざまな思い出との 折り合いと、その記憶が現在の自分に与える影響の大きさとか、父の死以降の生活の変化とか。
にえ 自分のこれまでの記憶だけじゃなくて、ゴッホとか、フロベールとか、プルーストとか、 そういう人たちの言ったこと、したこともたくさん引用されて、孤独の世界がどんどん広がって行くみたいだったよね。
すみ 「千一夜物語」とか、「旧約聖書」からの引用もあったでしょ。 とくに主軸と言っていいほど引用されてたのが、コッローディの「ピノッキオの冒険」だったよね。
にえ 恥ずかしながらこの本を読むまで、ディズニーの「ピノキオ」に原作が あることすら知らなかったんだけど、コッローディの原作は、もっと長くて、微妙に話も違うみたいだね。
すみ 息子さんのダニエルが、ピノキオがお気に入りで、ディズニーからはじまって、 二人でコッローディの原作まで読むにいたるんだよね。
にえ 最初の妻との離婚で、息子のダニエルとはしばらく離ればなれになったりしてたから、 離ればなれになりながら、また助け合うことになるジェペッドとピノキオの関係は、まさにAとAの息子ダニエルの関係の象徴と なってるんだよね。
すみ 逆に、木で作った魂のない人形を愛し、追い求めるジェペッドは、感情の見あたらない父親の愛を 求める、「見えない人間の肖像」の息子の姿でもあったような。
にえ ずっと一人で暮らし続け、けっきょくは木の人形しか愛せなかったジェペッドが、 父親のようでもあったよ。ダニエルがピノキオになって、Aであるジェペットを救いたがってたけど、A自身もピノキオになって、 父親であるジェペットを救いたがってた。
すみ とにかくどこを読んでも、そういうふうに深く感じさせてくれるものがあって、 「孤独とは?」の”?”の中にどんどんハマっていくような、そういう感覚があったな。
にえ おもしろいストーリーのある小説というわけじゃないから、勧めづらいものはあるけど、 やっぱりポール・オースターの他の小説を先に読んでいくと、どうしても、この作家のこの強い孤独感、喪失感は どこから来てるんだろうと疑問が大きくなっていくから、それを知るにはこの本を読むしかないなと思いました。
すみ 共感できるかできないか、はっきり分かれる、それですべてが決まる本って気がした。 この本で共感してしまったら、あとはオースターにハマルしかないでしょ。